世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2001
世界経済評論IMPACT No.2001

新型コロナウイルスは世界のモメンタムを変えるか

岸本寿生

(富山大学 教授)

2021.01.11

 「モメンタム(Momentum)」,スポーツの試合におけるチームの勢いのことである。ある出来事をきっかけにモメンタムが変わると,勝負の行方が一変する。新型コロナウイルス(COVID-19)は,2021年になっても,変異種の発生が報告され,世界の感染者数は8500万人を突破している(2021年1月4日)。すでに100人に1人以上が感染している。ただし,感染状況は国や地域で偏在し,今後,ワクチンや治療薬が有効に機能すれば,その影響力の評価が変わることが予想される。しかし,新型コロナウイルスは,世の中のモメンタムを変える出来事と言えるだろう。

 新型コロナウイルスは,グローバルなサプライチェーンを寸断し,消費を減少させ,世界経済の勢いにブレーキをかけている。世界銀行は2020年の世界成長率をマイナス4.3%と予測している。2021年はその反動で,昨年6月に4.2%と予想するものの,本年1月5日に4%へ下方修正している。それでも忍耐を要する社会が続くことは否定できないであろう。

 しかし,その中でも中国経済は徐々に回復してきている。中国貿易統計によれば,1~11月の貿易総額は前年度同月比0.6%であり,11月期は輸出21.1%,輸入は4.5%増で外需,内需共に増加している(毎日新聞2020年12月8日)。いわゆる西側先進国とは大きな違いがある。従前,中国はあと10年程度でGDP世界1位になると言われてきた。購買力平価GDPで見れば,中国は2017年に米国を追い越し,その差は開きつつある(世界銀行)。中国は想定外の早さで世界経済のイニシアチブをとりつつあると言っても過言ではない。中国への依存度が高い国が増えると,決済通貨としての人民元の価値や貿易・投資ルールの在り方にも影響を及ぼすことが予想される。

 他方,米国でモメンタムが変わったと言えば,バイデン大統領が誕生することであろう。トランプ大統領の大きな敗因は,新型コロナウイルスへの政策にある。2020年1月というタイミングで新型コロナウイルスが発生していなければ,結果は大きく異なっていたかもしれず,まさにモメンタムが変わったと言える。

 バイデン次期大統領の選挙演説の一つに国際協調があり,パリ協定復帰を明言している。

 トランプ大統領のアメリカファーストをはじめ,ここ数年間,一国主義的および権威主義的な政治が各地で行われてきた。しかし,新型コロナウイルスを前に,一時的に主要各国でワクチンの開発競争があり,ワクチン提供による囲い込みなども行われるが,それには限界がある。国際機関を中心に国際協調のうえに対処せざるを得なくなるだろう。バイデン政権を中心に国際協調路線が強調され成果が出れば,再びFTAやWTOなど自由貿易への回顧がおこり,新たな秩序作りへの期待ができるかもしれない。

 また,昨年RCEPが合意され,レベルはどうあれ広域FTAに中国が組み込まれた。国家主権と共同主権の認識をもつことで,今後の国際関係の在り方に影響を与えることになるだろう。同様に,ブレグジットを行った英国であるが,新型コロナウイルスの影響を受けて,今後EUやその他の国々とどのような関係性をもつのかも注目に値する。

 最後に,新型コロナウイルスの副産物として,その経済危機対策としての未曽有の財政出動を考える。リーマンショックの際に中国は約4兆元(57兆円)を支出し需要を喚起し,世界経済を回復させる契機になったと言われる。新型コロナウイルス危機では,これまでに総額で中国が約6兆元,米国が約4兆ドル,日本が約73兆円の財政出動を行うと報道されている。EUも歳出ルールの一時停止を行っている。世界的に,財政赤字が拡大,慢性化する中で,新型コロナウイルス終息後の経済成長の道筋もままならない。日本はオリンピックを開催するにしろ,しないにしろ,オリンピック投資の重圧がさらにかかる。政府主導の経済成長モデルからの転換を模索する必要があろう。

 新型コロナウイルスは全世界的な禍であり,歴史が示すように人々は壊滅的な社会を受け入れ,そこからの復興を追求しなければならない。しかし,科学技術が発展し国際的ネットワークが存在する中,社会の壊滅を回避し,部分最適を全体最適に展開していく叡智を養うことが試されている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2001.html)

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