世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
コロナ後の国際分業を考える
(富山大学 教授)
2020.05.18
新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延は歴史的なメルクマールになることは言わずもがなである。公衆衛生をはじめ,国家統治,経済システム,企業経営,文化活動などあらゆる場面でパラダイムシフトが生じる可能性がある。コロナ後の世界について数多の意見が表明されている。
本稿では,その中でもモノづくりの観点からの考察をする。マスクをはじめ様々な医療用品が逼迫している。日本の医療機器の輸入比率は50%を超えており,輸入先も特定の国・地域に限定されていることが多い。コロナ禍で医療用品の緊急確保などの安全保障や一国主義的な発想からグローバル・サプライチェーンの在り方が見直されている。
そのような中で,2月28日シャープは,液晶パネルを生産していた三重工場の空きスペースで,マスクの生産を行うことを表明した。そして,3月24日に生産を開始し,4月21日には販売に漕ぎ着け,さらに海外工場での生産も検討している。また,フェイスシールドをはじめ医療現場で欠乏している新型コロナウイルスの対策用品を大手から中小まで様々な企業が工夫を凝らし急遽生産を行っていることが報道されている。
米国では,GMが3月20日に人工呼吸器メーカーと連携することで,人工呼吸器の生産を行い,4月16日には出荷をしている(品質については,米食品医薬品局(FDA)の基準を満たしている)。感染症の場合は一刻の猶予も許さないこともあるが,特定のメーカーは遊休施設や人員を利用することで,生産を短期間に立ち上げる能力を持っている証左である。
許認可の必要な製品は行政の対応が必要であるものの,メーカーが自社の設備,稼働状況を把握し,製造・生産技術を駆使し,短期間で生産を開始することは,今回のような有事に対して大きな意味を持つ。中国などでは,高度な製品でなければ,需要が見込まれると,すぐに生産を行う企業が雨後の竹の子のように登場する。それらの企業は,残念ながら十分な品質を生み出しているとはいえないが,瞬時の対応力だけは評価できよう。
新型コロナウイルスの影響で,国際的なモノの流れが停滞すれば,医療用品だけではなく,様々なモノが戦略物資になりかねない。そうなると,ナショナリズム的発想から国産化へのシフトが高まる。国際分業に基づく輸入を政策的に削減し,国内回帰の支援や国産化率の引き上げ策は一時的に雇用を生み出すかもしれない。しかし,生産コストが上昇し,生産維持のための追加的助成を行わなければならいことから,コロナ後の経済回復に影響を与えかねない。
医薬品や医療用品はいかなる場合でも安全在庫の保有は避けられない。その上で,平時でも有事でも,国際的な適地生産に基づくグローバル・ロジスティックスの維持が肝要であり,生産国は社会的責任を負うべきである。しかし,現実的には限界がある。そのためには,バックアップするための国内生産のフレキシビリティが強く求められる。まずは,トップマネジメントの決断力であり,現場レベルの対応力の育成が求められよう。また,業界と行政が連携し,不測の事態へのシミュレーションを行うことも大切である。
日本は2018年の貿易依存度が29.3%(輸出依存度14.8%)で世界の中でも低い国である。IMFは日本の2020年GDP成長率をマイナス5.2%と予測している。経済回復には,無闇な内向き志向ではなく,今こそFTA等を利用,模索しながら国際分業システムを再構築していくことが求められよう。
[参考文献]
- 木村健一郎(2018)「輸入比率にみる治療系医療機器の動向」『医機連ジャーナル』第102号,pp.52-60.
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