世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1322
世界経済評論IMPACT No.1322

米国大統領選挙比較論考:2016年と20年

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2019.04.01

 米国政治は既に,2020年の大統領選挙を軸に動き出している。

 こんなことを書くと,直ぐに反論が来るだろう。否,トランプは,昨年初頭から,そのモードだったと…。

 確かに,昨年の中間選挙時,トランプはそれが,結局は自分への信任投票と解されると判じ,一年を,選挙運動で貫徹した感が強かった。イスラエルの米国大使館をエルサレムに移したり,対イランで強硬姿勢を取ったり,北朝鮮の金委員長と初の首脳会談を行ったり,中国に通商戦争を仕掛けたり,メキシコ国境の壁建設に拘ったり云々。

 だから,支持基盤への配慮とアメリカ・ファーストの姿勢の顕示,こうした選挙キャンペーン類似の行動は,昨年と今年,何ら変わらないじゃないかと…。

 だが,トランプが,仮にそうであったとしても,対立する側の姿勢が大きく変わった。昨年の選挙で,連邦下院で民主党が多数派を握り,議会機能を通じて,ある程度,行政府をチェック出来るようになったからだ。

 それまでは,議会が両院ともに共和党優位の下,暴走するトランプを抑える機能は,もっぱら行政府内部の人物に期待されていた。ニューヨーク・タイムズなどが,米国憲法は三権分立の下でのチェック・アンド・バランスは考えているが,行政のトップに立つ絶対権力者を如何に抑制するか,その仕組みを十分盛り込んでいない,などと指摘していたのは,昨年半ばのこと。

 ところが今や,議会のチェック機能が,一部であるにせよ,機能し始めている。メキシコの壁建設を大統領非常事態宣言でやり通そうとしたトランプに,議会がノーを通告した(最終的には,そのノーを,トランプは大統領拒否権で覆すのだが)のは,そうした兆候を表すものだろう。

 下院民主党のトランプ精査も多方面に渡り始めた。

 ムラー特別検察官のロシア疑惑調査が,トランプにまで及ばない結末になった。下院民主党は独自の追及に勢い込んでいる。

 下院の各種委員会が,トランプの抱える諸問題,例えば女性蔑視や脱税,選挙法に違反した資金拠出,トランプ関連ビジネス疑惑などの調査を,公聴会活動を通じて活発化させているのも,ムラー報告後を見据えた動きだろう。要は,大統領としての資質を,再度,槍玉にあげる準備をしているのだ。つまり,戦略は弾劾を正面作戦から外して,2020年選挙に際しての烙印貼りを狙う。

 そんな攻勢モードの中,民主党の大統領候補選立候補者は,現時点で既に15名。女性が多い。亦,老人も出馬に意欲的。

 これらを2016年選挙時と比べると,当時,オバマの再再選は憲法上ありえず,代って出馬のクリントン女史は,有権者からの好悪がはっきりし過ぎる候補。彼女を“好き”と答える有権者が40%いれば,“嫌い”と応える有権者も40%いた。亦,オバマ民主党への飽きの感覚も有権者には強かった。

 だから,共和党は勝てると踏んだ。それ故,共和党からの立候補者も十指を超えた。

 その状況は,党派を違えれば,今と非常に似ている。

 トランプへの有権者の好悪は,はっきりしている。40%は“大好き”,40%は“大嫌い”。嫌われる候補者,という尺度では,クリントン女史と似通っている。

 だから,民主党候補者たちは,左派を統合し,中間派有権者を抱き込めば,勝てると踏んでいる。

 事実,昨年の中間選挙では,トランプが2年前,大統領選で獲得した,“Forgotten People”のいるはずの,中西部や東部工業州(ペンシルバニアなど)で,民主党が共和党を凌駕した。少なくとも,トランプの支持基盤が揺らいだ。一部の民主党候補者たちには,そう見えている(もっともこの点,だから中西部奪還に力点を置けという主張と,むしろ人口増の著しいノース・カロライナやアリゾナ,更にはテキサスなどに力点を置け,等と民主党側の戦術は,わかれているようだが…)。

 こうした中,皮肉なことに,トランプの政策は,昨年迄と比べて,現実的にならざるをえなくなっている。二回目の米朝首脳会談を決裂させ,米中首脳会談で妥協を探らざるをえなくなってきているのも,これまでのトランプ流交渉術の魔力が衰えた要素と,米国政治が現実性を要求し始めた要素,この二つが利いているからだ。

 加えて,大統領選挙に向け,トランプ支持と不支持に,有権者が二分されている中,数少ない穏健派有権者が,逆にキャスティング・ボートを握り始めている,ともとれる情勢。

 更に,外交攻勢を,意外性の視点から果敢に展開してきたやり方も,相手方がトランプの,そんな性向や,国内基盤の脆弱性を注視するようになると,今までの効き目を失うだろう。そうした過程で,相手方たる中国や北朝鮮には,トランプ後まで解決を引き延ばす。そんな思考すら芽生えているはず…。

 いずれにせよ,それらの諸効果で,米国政治において,トランプは攻める姿勢を取りづらくなり,勢い現実志向を強め,議会との関係でも守勢に回る機会が増えてくるだろう。株式市場と同様,政治の場でも,意外性の効用の有効期限は,案外に,短いものなのだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1322.html)

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