世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1255

農業関連法案の改廃とブランド化戦略

茂木 創

(拓殖大学国際学部 准教授)

2019.01.21

 「平成」を振り返えるのはいささか早い気もするが,この30年間は,急速に進んだ「経済のグローバル化」が,恩恵のみならず,リスクや危機をももたらすものであることを強く認識させられた時代であったといえよう。これまで伝え聞いたことしかなかった海外の事物が身近になると同時に,様々な深刻な問題をもたらす。それが国民ひとり一人に実感させられた時代―それが「平成」という時代の大きな特徴であったと言えるかもしれない。

 日本農業もまた,このグローバル化の奔流に多大な影響を受けた産業であった。就業者の高齢化という構造的な問題に加え,嗜好の多様化と自給率の低下,輸入自由化の流れが加速し,政府,自治体,各種団体から様々な政策が打ち出されてきた。枚挙に暇がないこれらの政策を大別すれば,①個別農家への「セーフティー・ネットの構築」,②農産物の「ブランド化」の推進,そして減反政策の廃止や農地中間管理機構に代表される③「農地の集約化」の三点にまとめることができる。

 どれも道半ばといったところではあるが,この30年余りの間に,生産者はもちろん,自治体,農業団体などのたゆまぬ努力によって,農産物のブランド化は随分と進んだ。その一方で,農産物のブランドの保護に関しては,後手に回ってしまった印象が払拭できない。時間と費用をかけて開発された農産物ブランドが,国際競争力を持つ前に他国の手に渡るケースも指摘されている。

 2018年の平昌オリンピックで活躍した女子カーリング選手が試合中に食べていた韓国産の「イチゴ」。実はそれらが,日本で開発された品種「とちおとめ」などが流出したものであることがわかると,農業関係者のみならず国民にも大きな衝撃を与えたことは記憶に新しい。

 これまで,わが国の種苗法では,農家が種苗から栽培して得た種や苗を使って次期作を作る「自家増殖」を原則容認してきた(例外的にそれを禁止する農産物を省令で定めてきた)。しかし,国際条約(UPOV条約)や欧米諸国などにおいては,自家増殖そのものを禁止しているのが一般的だ。これは種苗農家の知的財産を守るためである。

 ここにきて,ようやくわが国でも種苗法改正への機運が高まったが,それは,「農産物もまた知的財産である」という認識に立ったということであろう。しかし,いまや海外に輸出しているという中国のシャインマスカットなども,日本産のブランド品種が海外流出した事例と言われ,早急な対応が求められている。海外での品種登録はもちろん必須だが,品種登録に関する国際的な取り組みは極めて脆弱であり,遵守されにくいことも忘れてはならない。

 2018年4月には主要農産物種子法(以下「種子法」)も廃止された。種子法は,優良な種子を安定的に供給することを国に義務付けるための根拠となってきた法律である。その対象とする作物は,コメや麦,大豆であるが,これらの穀物に関しては,その原種圃や採取圃に対して補助金や地方交付税が自治体に計上されてきた経緯がある。この制度の下,農業試験場では品種改良を行い,「奨励品種」を生み出し,生産者にその種子が提供されてきたのである。

 しかし,今般の種子法廃止によって,自治体はコメや麦,大豆の種子を責任もって確保する義務はなくなり,外資企業を含む民間企業も,種子の生産事業により積極的に携われるようになった。種子法廃止賛同者の中には,民間の活力を利用することで,多様な種子のニーズに応えられるようになる,開発コストの軽減と効率化が促進されると期待する向きもあるが,その一方で,生産者の中には,穀物の種子を外資企業に独占されてしまうのではないかという懸念や,長期的にはF1品種(一世代に限って収量が安定して形がそろった作物ができる品種)の種を高額で購入せざるを得ないのではないかといった声もあり,不安は払拭されているとはいいがたい。

 種子法の廃止にあっては,その付帯決議において,都道府県の育種素材を民間に提供する場合において種子の海外流出を防ぐ,とされているが,ブランド種子が流出する可能性は皆無とは言えない。また,種苗法の改正によって育成者の権利に意識が向いたことは評価に値するが,いったん流出してしまえば,流出先で品種登録されてしまう可能性は極めて高い。とりわけ,品種改良,生産技術に多大な時間と費用をかけた品種は,そのターゲットとなりやすい。

 農産物のブランド化は,多様なバラエティを愛好するターゲットに対しては有効である。しかし,ブランドの価値を法的に守れなければ,同種ないし類似品の参入によって,ブランド農産物の国際競争力は失われ,ブランド化による利益は瞬く間に奪われてしまうであろう。

 いま,グローバル化に伴う農産物のブランド化戦略は,新たな局面を迎えているのである。

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