世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1233

ユーロ危機から10年目:スペインとイタリアの明暗

金子寿太郎

(国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2018.12.31

 大晦日である。18年はEUにとって試練の続いた年であった。域内の目下最大の懸案は,極右思想やポピュリズムの蔓延である。来年はユーロ危機の発端となったギリシャ財政の粉飾発覚から10年目に当たる。この間,EUは財政規律の強化や銀行同盟・資本市場同盟の発足といった統合深化を通じて,危機の再発を防止するための制度構築に努めてきた。しかし,そうした取り組みはまだ道半ばである上,最近では域内の連帯感や信頼感の低下から,むしろ停滞の様相を呈している。

 イタリアについては,政府がEUの財政ルールに反したバラマキ的予算案を押し通そうとしたことに伴い,初の制裁発動に至る可能性が意識されるまでに金融市場の緊張が高まった。結局,フランスでも財政赤字が拡大する方向になったことを受け,EUが大きく譲歩したため,一旦手打ちとなった。しかし,この一件により,EUの財政ルールの不完全さが改めて浮き彫りになるとともに,中期的なイタリア財政の持続可能性はより危うくなった。

 イタリアとEUの対立を嫌気した外国人投資家がイタリア国債を売り進めたことにより,イタリア系銀行の財務にも懸念が高まっている。これらの銀行は同国債を多く保有しているため,EUの経済通貨同盟が未完成の現状では,ユーロ危機時のようなソブリンリスクと銀行経営悪化の連鎖が起きるリスクすら否めない。

 イタリアに限らず,最近はEUに懐疑的な大衆迎合政党や自国中心主義的政党による政権参加が目立つ。加えて,EUの盟主ドイツで,これまで共同体の価値を擁護してきたメルケル独首相が与党党首を退任した。ユーロ圏改革を訴えてきたフランスでも,マクロン大統領は,国民の反発を受けて国内の財政・構造改革の見直しを強いられつつあり,共同体レベルでも指導力を失い始めている。

 その一方で,域内に希望がない訳でもない。注目すべきはスペインであろう。同国は,ポルトガルと並んで,中道左派政党が親EU路線を掲げつつ政権を担っている稀有な国の一つである。

 イタリア政府がEUで活躍した国民を要職から排除しているのに対し,スペイン政府の閣僚には欧州委員会や欧州議会の元重鎮たちが名前を連ねている。経済指標をみても,イタリアがユーロ危機前後の負の遺産を引きずっているのに対し,スペインはGDP,債務残高,不良債権等のファンダメンタルズを概ね改善させている。ともに域内の大国でありながら,10年前はPIGS(ポルトガル・イタリア・ギリシャ・スペインの総称)の構成国として問題視されていたスペインとイタリアは,対称的ともいえる道を歩んでいる。

 しかし,両国間の最も大きな違いは,域外からの移民や難民に対する寛容度であろう。世論調査では,スペイン国民の8割以上が移民や難民の受け入れに賛成している。翻って,イタリアでは,この比率は半分を切っている。なぜこのような違いが生じたのだろうか? 主な理由として3点ほど挙げることができる。

 第一に,スペインは,中南米等に植民地を多く持っていたため,同地域出身者を中心に移民の受け入れに慣れているということである。スペインは移民を特別の居住区に追いやることなく,自国民と同じように教育等の行政サービスを提供してきた。こうした対応は,移民のスペイン社会に対する帰属意識を高めるとともに,特に第二世代以降の移民による地域経済への円滑な参画に寄与してきたと言われている。同化政策がうまくいっていることもあって,失業率が高止まりしている中でも,移民をその理由としてスケープゴートにするような風潮は抑制されている。

 第二に,地中海の中心に位置するイタリアがリビアを経由した難民の玄関口となっているのに対し,スペインでは難民流入がこれまで限られていたことである。もっとも,スペインが積極的に難民を受け入れている結果,最近は漂着ルートがモロッコ経由に西方へシフトしており,同国への難民流入数は急増している。

 第三に,スペインでは第二次世界大戦後も極右政党が長期にわたって政権の座にあったことである。フランコ独裁政権による不寛容な権威主義を許してしまったことへの反省は,同氏の没後40年以上経った今でも国民の心に根付いている。

 もちろんスペインにも不安要素は幾つか存在する。サンチェス首相率いる社会労働党は,汚職が続いた国民党政権の崩壊によって偶発的に発足した少数与党であるため,議会における基盤が脆弱である。加えて,カタルーニャ州独立問題や難民の流入増を背景に,同国でも極右政党が急速に力を付けている。総選挙が19年に前倒しで実施される可能性もある中,極右政党が早晩国政に進出することは確実視されている。更に,近年スペインに漂着している難民は,文化的に異質なアフリカ系であるため,地域社会への同化が中南米移民ほどスムーズに進まないと予想される。

 それでも,スペインは,人権尊重や平等といった共同体の価値を体現することを通じて,意識せずともEUの精神的アンカーに近い役割を果たしている。スペインでは民主化が遅れたため,国民はEUに対し長い間憧れを抱いていた。EUに加盟した後も,気兼ねや遠慮から,共同体の運営に関しては受け身になることが多かった感がある。

 しかし,Brexit後に経済規模で域内第4位となるスペインは,EUの安定や発展に向けてより大きな役割を果たすべきであろう。特に移民・難民政策にかかる同国の経験には,他の加盟国に発信すべき貴重な知見があるように思われる。更に言えば,少子高齢化という共通の課題を抱える日本にとっても,外国人労働者との共存共栄に向けた示唆があるのではないだろうか。

 EUでは,平時には共同体の意義が空気のように当然のものとして過小評価される一方,危機とそれへの反省が域内統合深化の原動力となってきた。既に次の危機の火種が燻る中,今度こそ「雨が降る前に屋根を修理する」ことができるのか,逆にこれまで築いてきたタガが外れてしまうのか,EUにとって,5月に欧州議会選挙を控える19年は正念場の年となろう。スペインが大国としての自覚を高め,積極的に共同体の舵取りに関与することができれば,独仏連携が機能しなくなりつつあるEUに新たな推進力が生まれるかもしれない。

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