世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ASEAN,4つのディバイド
(大阪経済大学 特任教授)
2018.12.10
ASEAN(東南アジア諸国連合)は1967年,タイ,シンガポール,インドネシア,マレーシア,フィリピンの5カ国により,事実上反共の地域協力機構として設立された。ベトナム戦争などインドシナでの戦乱のあと,ベトナム,ラオス,ミャンマー,カンボジアが全方位外交と市場経済へ移行したことから,現在は政治体制を超えた東南アジア10カ国による「ASEAN共同体」を形成している。
しかしながら,最近はASEAN内のディバイド(分断)状況が目立つようになった,まず第1は,域内経済格差の拡大である。上述のインドシナ諸国がASEANに参加したことから,ブルネイを含む加盟先発6カ国と後発4カ国の経済格差が際立つようになった。シンガポールの2017年一人当たりGDPは,日本を大きく超え57,000米ドルに達しているのに対し,カンボジアは1,400米ドル足らずであり,その差は40倍を超える。ADB(アジア開発銀行)や日本が,GMS(メコン地域開発計画)などでこの問題への支援に注力している。
第2のディバイドは,南シナ海の領有権問題における対応である。ベトナムが西沙諸島と南沙諸島で,フィリピン,マレーシア,ブルネイが南沙諸島で,インドネシアがEEZ(排他的経済水域)で中国と争っている。但し,各国には対応の強弱がある。最も強硬なのが歴史的に反中感情の強いベトナムである。フィリピンはアキノ前大統領時代にこの問題を国際仲裁裁判所に提訴し勝利したが,ドゥテルテ大統領に代わってからは巨額の経済援助と引き換えに勝訴を棚上げした。一方,領有権問題を抱えないカンボジアは南シナ海の問題をASEAN全体の問題とすることに反対している。その結果,同国が議長国となった2012年7月のASEAN外相会議では初めて共同声明が出せない状況となった。
第3は,TPP11(米国抜きの環太平洋経済連携協定)の参加国と非参加国との分断である。そもそもTPPは2006年シンガポール,ニュージーランド,チリ,ブルネイの4カ国が,APEC(アジア太平洋経済協力会議)でのプレゼンスを高めるための小国同士の連携としてスタートした。その後アジアの経済発展に注目した米国が参加表明し,ベトナムやマレーシアも参加,2011年日本も加わったことにより12カ国による大規模な自由貿易圏構想となった。しかし,トランプ大統領の登場により米国が脱退したことは周知のとおりである。その結果ASEAN内では,TPP11に参加しているシンガポール,ブルネイ,ベトナム,マレーシアの4カ国と不参加の6カ国が分断されている。タイ,インドネシア,フィリピンは,参加しないことが参加国との競争で不利になることを懸念し,参加を検討していると伝えられている。
第4の分断は,第2の南シナ海の領有権問題とも関連するが,膨張する中国への姿勢にかかわる。ASEAN加盟国で反中を掲げる国は存在しない。どの国も国土,人口,経済力,軍事力あらゆる面で中国と対抗できない。インドネシアがややマシな程度である。対抗するよりむしろ中国の成長を自国の発展に取り込む方が賢明であろう。そのため「一帯一路」構想にはすべての加盟国が賛同している。但し,中国への対応には濃淡がある。南シナ海問題で何度も約束を反故にされてきたベトナムは,経済面から軍事面まですべての面で中国との協力姿勢を示すものの,中国政府への信頼感に欠け慎重姿勢を崩さない。都市国家シンガポールは大国中国との関係に気を遣わざるをえない。南シナ海問題では直接の当事者ではないが,国際法の順守,航行の自由を主張している。今年11月のASEAN首脳会議では議長国として,昨年(フィリピンが議長国)の共同声明には盛り込めなかった南シナ海での「懸念」を盛り込んだ。一方,カンボジア,ラオスは中国との領土問題がない気安さもあって,中国の代弁者の役割を果たしている。民主化したミャンマーと,最近政権交代したマレーシアは,親中からやや中立に舵を切っているが今後どうなるか不明である。
厄介なのは,中国がASEANの政治的統合を本音では望んでおらず,むしろ分断化を図っていると思われることである。南シナ海問題では中国にとって交渉上有利となる当事国との二国間交渉を主張しているし,2016年からはメコン川流域5カ国と「瀾滄江―メコン川協力」を独自に主催し,ベトナムを含めたインドシナ諸国に特段の経済支援で慰撫しようと努めている。
ASEAN首脳会議の直後,パプアニューギニアで開催されたAPEC首脳会議では,米国は中国をけん制する「アジア太平洋戦略」を主張し,中国は米国の一国主義と保護貿易主義を非難したため調整がつかず,共同声明発表が見送られた。どちらの側にもつきたくないASEAN諸国は,インドネシアが代表した形でASEANの中心性を強調した「アジア太平洋概念」を発表している。ASEANの分断を回避する努力が続いている。
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