世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1209

東南アジアは景気後退に入るか?

吉野文雄

(拓殖大学 教授)

2018.11.26

 東南アジアの景気循環,とくに景気の底は,域外からの刺激によってもたらされるのが常であった。2009年の世界金融危機,1998年のアジア経済危機,1985年の一次産品不況,1974年の第1次石油危機,植民地時代にさかのぼると,1940年代前半の日本軍政,1930年代の世界大恐慌。

 今,東南アジアは,米国のトランプ大統領のとる通商戦略とそれに起因する米中貿易戦争の影響を受け,景気後退に入りそうだ。懸念される要因を並べてみよう。

 第一に,世界貿易の縮小である。1997年7月2日のタイ・バーツの切り下げによってアジア経済危機の引き金が引かれる直前の1996年に世界貿易が縮小し,その後発生した通貨危機を深刻なものにした。

 世界貿易機関(WTO)統計によると,世界輸出は2015年,2016年と減少を続け,2017年も2014年の水準を超えていない。東南アジア諸国は外需への依存度が高く,世界貿易の冷え込みは経済成長を抑制する。

 第二に,米国の金利引き上げである。東南アジア諸国の金利は,米国の金利に数%のリスク・プレミアムを上乗せして動いてきた。本稿執筆時米国の政策金利は2.25%だが,2018年中に2.5%に引き上げられると見られている。

 近年,東南アジア諸国のインフレ率は3%を中心に安定していることを考えると,米国金利に引っ張られての金利上昇は,実質的なものであり,投資を減退させる恐れがある。

 第三に,為替の切り下げである。東南アジア諸国の通貨は今年に入って軒並み対米ドルで切り下がっている。切り下げは実質輸出を増加させる一方,切り下げ期待が形成されると資本流入を抑制する。

 アジア経済危機時に起こった投機にまでは至らないだろうが,インドネシア・ルピアがこの1年で約10%切り下がったのは,実体経済の動きと乖離している。

 第四に,株式市場に目を転じると,バブルが発生している可能性が高い。大まかに言うと,東南アジアの主要な株式指標は,この5年間に50%上昇しているが,この1年間に限っては,停滞もしくは軽微な下落を記録している。

 ここ数年の東南アジアの経済成長にめざましいものがあったことは認めるものの,資産価格はそれを上回る勢いで上昇した。債券,不動産も価格を上げているが,それと現在進んでいる金利上昇とは相反する現象であり,何らかの形で調整されよう。

 ここで挙げた4つの要因以外には健全なものもある。賃金は堅調に上がっているし,物価はおだやかに推移している。もっとも賃金上昇が外国からの投資を減退させていると言う指摘もある。外貨準備は十分で,アルゼンチンのような事態は考えられない。

 米中貿易戦争のあおりで,中国から東南アジアへと生産拠点を移す動きが起きており,それが大きな波になれば景気を刺激することにもなろう。中国からの経済的な刺激は,統計の動きとは乖離しており把握が難しく,先行きが読みにくい。

 東南アジア諸国の中国との距離もまた景気に影響するであろう。この数年は中国の成長に牽引されたが,各国の政治指導者たちは中国との距離をとり,関係の再構築を目指しているようだ。その経済的な含意はつまびらかではない。

 アジア開発銀行がこの9月26日に,国際通貨基金が10月9日に,それぞれの経済見通しを改訂した。ともに全体的に大きな下方修正はなく,東南アジアについてもそうであった。

 しかし,経済諸指標を検討し,目の前で展開されているいくつかの事象を比較考量するとき,2019年の東南アジアの経済成長率は国際機関が予測するほど高いものではないように考えられる。

 東南アジアは,開放度が高く,域内に自律的な成長の原動力を持たない。冒頭に掲げたように,域外からの圧力で10数年ごとに景気を落ち込ませてきた。米国と中国の世界経済における覇権争いのあおりを受けて,2019年は東南アジアにとって試練の年となるかもしれない。

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吉野文雄

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