世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.893
世界経済評論IMPACT No.893

中国の台頭と東南アジア華人

吉野文雄

(拓殖大学 教授)

2017.08.07

 中国の人口はほぼ14億人に達するそうだ。中国と一口で言っても,香港,マカオ,台湾をどう捉えるのか,また,チベットや内蒙古についてはいくつかの考え方があるだろうから,その人口についてもいくつかの求め方があろう。いずれにしても現時点で世界最大の人口を誇ることは間違いなかろう。

 同時に,流出した移民の数もおそらくは世界最大規模であろう。彼らは華僑とか華人とか呼ばれるが,世界中に1億人近く存在するものと考えられる。そのうちのほぼ半数が東南アジアに住んでいるとみられている。

 シンガポールを除いて,華人は少数派である。しかし,経済的な影響力はローカルの人々を圧倒していることはよく知られている。その東南アジアに住まう華人は,出身地である中国が台頭してきたことでどのような影響を受けたであろうか。

 東南アジア諸国では,ローカルの人々の間で華人の評判は芳しくない。誤解もあろうし,ねたみもあろう。しかし,少数派の華人が多くの富を占有していることは事実である。分配の公正を考える上で,出発点における平等,結果における平等,努力における平等というように複数の基準が設けられるが,結果的に平均的な華人が平均的なローカルの人々よりも裕福なのは事実である。

 華人は遺伝子的にマレー人に優越していると指摘したのは,マレーシアで首相を務めたマハティールである。医者であったマハティールは,その著書『マレー・ジレンマ』でメンデルの法則を援用して,華人の優秀さを説いた。マレー人がそれに対抗するには,華人を上回る努力が求められるというのである。

 華人の経済力の一端は,そのネットワークに依存している。華人総商会などを通じ情報交換し,資材の調達や製品の販売で協力し合う。その排他的な組織力はローカルの人々を圧倒してきた。ネットワークは,いまや国境を越えて展開している。

 タイのCPグループの総帥タニン・チャラワノンは潮州からの移民2世で,先般『日本経済新聞』の「私の履歴書」を執筆したが,そのなかで華人ネットワークのありがたさについて触れていた。CPグループは早くから中国に進出し,養鶏をはじめとした食品産業を中心に展開している。

 フィリピンでSMモール・オブ・アジアを完成させたシューマートのヘンリー・シーは,流通・小売りで成功を収めたが,東南アジアや中国に販売拠点を広げていっている。インドネシアの華人財閥サリム・グループはあらゆる産業に進出しており,資源を中心にアジアに展開しようとしている。

 これらの大実業家だけでなく,小企業経営者であれ,一般の雇用者であれ,東南アジアの華人は中国の台頭に少し腰が引けているようである。

 先般シンガポールのタクシーに乗っているときに華人の運転手から話を聞く機会があった。彼は自らが華人であるにもかかわらず,最近増えた中国からの観光客や出稼ぎ労働者を口汚く罵っていた。中国からの入国者が増えるにつれて,シンガポールの華人の間には,自分たちは中国本土の人々とは違う,シンガポーリアンであるという意識が高まってきたことは地域研究者の指摘するところである。

 タイの潮州人のなかには,戦中・戦後を通じて中国共産党と協力してタイ共産党運動に肩入れした人がいる。彼らの多くは,運動に疲れ,中国本土に裏切られた挫折感を味わったようだ。寡聞にして知らないが,マレーシアやミャンマーなどにも同じような人々がいるのではないだろうか。

 中国の対外政策によって華人の扱いは大きく変わってきた。アヘン戦争後に東南アジアに殺到した華人たちは「棄民」であって,清からの保護は得られず,移民先政府からも煙たがられた。マレーシアがイギリスから独立するにあたっては,当時多くが無国籍だった華人の国籍問題が争点になった。

 1949年に中華人民共和国が成立して,東南アジアの華人は大きく動揺した。ブルネイの華人はほとんどが金門・馬祖出身だが,大陸の福建省に帰属意識はあるのに,現状では台湾の中華民国出身ということになっており,心おだやかではいられない。

 その後も中国の国籍法の改正などによって,華人の位置づけは変えられてきた。中国がGDPで世界1,2を争う大国になったとしても,これまでの経緯を考えると全面的に信を置くにあたわずというのが正直なところではないだろうか。

 ローカルの人々の間には華人を嫌う人々がいることは否定しがたい。ベトナムで反中デモが起こったように,その矛先が自分たちに向かなければいいがと願っている華人は多いことであろう。中国の台頭が,東南アジア社会に無用な脅威を生むことがないように導けるのは,経験を蓄積した華人しかいないのだから,そのネットワークを今こそ生かしてほしいものである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article893.html)

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