世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.549

TPPと共通のルール

吉野文雄

(拓殖大学 教授)

2015.12.07

 2015年10月5日,めでたくTPP(環太平洋経済連携協定)加盟交渉が大筋合意された。その後,それまでは秘匿されてきた交渉内容や合意事項が公にされ始めた。TPPは,加盟国間の貿易や投資の自由化と共通のルール作りが2つの柱となった地域協定である。次第に明らかになってくる内容に目を通すにつけ,共通のルールを定める意義とは何か,分からなくなってきた。

ルールは必要か

 野球や相撲といったスポーツでは,共通のルールにのっとらないと公正な競争が実現しない。この「IMPACT」にしても執筆要領というルールが定められている。ハンガリー経済のことを書くからと言ってマジャール語で投稿されても読めないし,マルクス『資本論』のような大論文を投稿されてもだれも読まないからである。

 必要なルールはある。しかし,共通のルールを設定する必要はあるのか。日本では飲酒・喫煙は20歳になってはじめて許される。

 20歳以上と未満とで区別する必要があるのかという問題がある。屁理屈をいうようだが,何らかの根拠があって20歳なのか。

 よく言われるのは,20歳にもなるとそれなりの判断力がついてきて,飲酒・喫煙に手を出す人はいなくなるというものである。もしそうであれば,若くして飲酒・喫煙していた人は20歳になればやめるはずだから,とりわけ20歳未満の飲酒・喫煙を禁止する必要もあるまい。

 TPPでこのようなルールは議論されたのだろうか。おそらくなされていないのではないか。なぜなら,各国共通のルールを策定することに大きなメリットがないからである。さらにいうと,個別的にもこのようなルールの策定に大きな意義はあるまい。

共通にする必要性はあるのか

 域内貿易に課される輸入関税率は,TPPでの議論の焦点であった。そこでは,共通のルール作りというよりも域内輸入関税率の引き下げが問題となった。しかし,翻って考えると(一般均衡論的視点からは),国内外の相対価格を歪めないことには大きな意義があろう。

 1998年にAPECが早期自主的分野別の貿易自由化を目指したことがあった。結果的には目的を達成できなかったのだが,その過程で,全商品に一律に関税率を設定しているチリが話題に上った。チリにあえて相対価格を歪めるような分野別自由化を強いるべきかというのである。

 この例を引けば,TPP加盟交渉において,域内輸入関税率引き下げというよりもむしろ一律関税率設定という共通のルールの策定を目指す可能性があったことが示唆される。

 ボクシングの世界的な団体はいくつかあるようだが,いずれも近年体重別の階級を細分化することによってタイトル数を増やしてきたようだ。その結果,タイトルマッチなどがおもしろくなくなり,ファンの減少につながった。

 それでは,チリの関税率設定のように,また相撲のように,体重別の階級を廃止するとおもしろいかというと,おそらく生き残るのは現在のヘビー級のボクサーたちで,ストロー級などは消滅するのではないか。

 このような問題には,目的に従って落とし所というものがあるのであろう。独占企業が利潤最大化を目指すときの生産量と,収入最大化を目指すときの生産量が異なるように,目的ごとに異なる解が出るはずである。

残された課題

 個人的には,TPPで共通のルールを設定してほしかったことが2つある。1つは,自動車の通行とハンドルの位置である。これが共通化されると交通事故の減少につながるかもしれない。沖縄ではかつて自動車の通行が右側から左側に変更されたが,そのような経験を生かせば,一時的なコストを払うだけで長期的な費用の低下を実現できるのではないか。

 もう1つは,電気のコンセント(プラグ,アウトレット)である。世界中に何種類あるのか知らないが,旅行のたびに携帯用の器具を持ち歩くのは不便だし,家電メーカーも仕向け先によって形状を変えるのはコスト高の原因となっているのではないか。

研究者と実務家の壁

 最近はマーケットデザインという経済学の一分野があるそうだ。共通のルール策定の手法などについては,そのような分野で研究されているのではないだろうか。多少突拍子がなくともTPPの共通のルール作りなどについても発言してほしいものである。

 TPPを巡る議論には,きわめて常識的というと聞こえがいいが,現状追認的,交渉担当者の考察の範囲を出ないような分析が多かったように思う。研究者は,実務家が考え及ばないようなアイデアを,たとえ荒唐無稽であったとしても真理であるかぎりは世に問うべきであり,実務家の知っている程度の知識を無批判に受け入れるべきではない。

 そのような意味で,TPP加盟交渉大筋合意(に関する研究)には少しがっかりした次第である。

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