世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1195
世界経済評論IMPACT No.1195

ベトナム新興財閥の出現

細川大輔

(大阪経済大学 教授)

2018.10.29

 ベトナムでは今いくつかの巨大民間企業,新興財閥が生まれている。日本経済新聞社が選んだASIA300社の中には,ベトナムからビナミルク(食品),べトコンバンク(金融),ペトロベトナム・ガス(石油・ガス),ビングループ(不動産),FPT(情報技術)の5社が選ばれている。ビングループは不動産開発を中核とし,観光・娯楽,小売から医療,教育,最近は自動車,スマホなどの製造業にまで進出しているコングロマリットである。ホーチミン証券市場において時価総額が最大の企業であり,オーナーはフォーブス誌の長者番付に毎年名前を連ねている。

 創業者兼オーナーのファム・ニャット・ヴオン(Pham Nhat Vuong)氏は今年50歳,ロシア留学から帰国後の2001年以降,観光娯楽,不動産開発,スーパーマーケットやコンビニなどの会社を次々と設立した。2017年のグループ全体の売上高は89兆3500億ドン(約4,378億円),総資産213兆7,920億ドン(約1兆円)と,日本の大企業に引けを取らない規模にまで成長している。

 マッキンゼー社は最近発表したレポート(注1)で,高度成長を果たした世界11か国を分析した結果,政府の適切な成長政策とともに,高度に競争力のある大企業の存在の重要性を指摘している。ビングループはこの指摘に当てはまるケースであろう。

 同グループが注目されるのは企業規模の急速な拡大だけではない。2017年6月全くの新分野である自動車製造に乗り出したからである。その戦略は,知的財産権をBMWから買い取り,生産技術をシーメンスと提携し,部品をボッシュから調達し,クルマのデザインをイタリアのデザイナーに委託,経営者もGMから招聘するなど,なりふり構わず技術,ノウハウを外国から導入することである。また,24時間稼働の溶接ロボットを1,200台導入するなど最新鋭の生産設備を備えるという。

 ただ,専門家の間ではビングループの挑戦は困難との見方が多い。まず製造業の経験がないため,部品を寄せ集めるだけではクルマは造れない。さらに,2018年1月から実施されているASEAN自由貿易協定による完成車の輸入関税完全撤廃のため,国産車に競争力がないとみられるためである。確かに内燃エンジンの乗用車の国産化についてはハードルは高いであろう。ただ,今後予定されている電気自動車については成功の可能性がないとはいえない。電気自動車はいわば電気製品のひとつとしてコモディティー化すると考えられるからである。

 ビングループの新分野進出は自動車製造に止まらない。今年8月にはハイテク産業への参入を目指しビンテック(VinTec)社を設立し,人口知能(AI)やオートメーション,新世代素材の研究開発を推進すると発表した。また,ビッグデータ研究所(Big Data Research Institute)を設立し,米国イェール大学の教授を所長に招いて,ビッグデータの活用に関する研究を始める。さらに,応用科学・技術基金(Fund of Applied Science and Technology)を設立し,コンピューター,AI,ロボット,オートメーション,ナノテクノロジー,再生可能エネルギー,新世代素材に関する科学研究に資金援助を行うという。また,ベトナムの工学系学生への奨学金を支給する予定である。

 「ダボス会議」を主宰する世界経済フォーラムは,今年9月11日〜13日ベトナムのハノイで,「第4次産業革命とASEAN」というテーマで「ASEAN世界経済フォーラム2018」を開催した。東南アジア諸国の国家元首クラスが集まり,スタートアップへの環境整備や人材育成などについて熱心な議論が展開された。この地域は若年層が厚く適応力があることに加え,日本など先進国が長期間時間をかけて積み上げてきた固定電話やATM網など社会インフラの蓄積がないだけ,スマートフォンなどの新技術を使った産業,企業の成長スピードが速い。一方,経産省の調査によれば,日本企業のIT投資の8割が既存設備の保守・点検に使われているという(注2)。日本が技術革新への姿勢が弱いままだと,いつか気が付いた時に,背中にベトナムが迫って来ているということもあり得るのではないか。

[注]
  • (1)MCKINSEY GLOBAL INSTITUTE “Outperformers: High-Growth Emerging Economies and the Companies that propel them” September 2018
  • (2)日本経済新聞 2018年10月14日
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1195.html)

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