世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1179

行き詰まるBrexit交渉と英国経済の行方

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2018.10.15

 英国のEU離脱が5ヶ月後に迫るが,依然として交渉の行き詰まりが続いている。先行き不透明感の強まりは,消費者・企業マインドを下押しし,景気の先行き懸念が高まりを見せている。2018年4〜6月の実質GDPは,前期比率+1.6%と,1%台半ばと想定される潜在成長率程度の伸びを示し,1〜3月の同+0.4%から持ち直しを見せた。しかし,1〜3月の成長率が寒波の影響で大幅に押し下げられ,その反動が4〜6月の成長率を押し上げたこと,ワールドカップ効果で消費が上振れしたこと,等を考慮すると景気の地合いは強くない。需要項目別では,個人消費が前期比年率+1.3%と,1〜3月の同+1.9%に続き緩やかな伸びを示した。一方固定資本形成は,設備投資の減少等により前期比年率-1.9%と,1〜3月の同-3.9%に続き2四半期連続のマイナスを記録した。民間需要の柱の冴えない展開を背景に,国内最終需要は,前期比年率+0.3%と1〜3月の同+0.7%に続き2四半期連続で1%に満たない低迷が続いた。一方,在庫投資等の成長への寄与度は,前期比年率+3.9%と,1〜3月の同0.3%に比べ大幅にプラスとなり,「意図せざる在庫の積み上がり」が懸念される状況だ。

 2019年までの英国経済を展望する場合,「2019年3月の英国離脱まで」と,「離脱後」に分けて考える必要がある。

 まず,2019年3月までの英国経済は,①Brexit交渉の難航と英国議会での批准への不安から消費者及び企業マインドが一段と低迷し,自動車等の大型耐久消費財や住宅購入,設備投資の先送り傾向が強まること,②前述したBrexit交渉をめぐる不透明感を背景としたポンドの弱含みに原油価格の強含みが加わり,消費者物価上昇率は前年比2%台半ばで高止まること,等を背景に,国内最終需要の低迷が続くだろう。実質GDPは,前期比年率+1%程度と,潜在成長率を下回る水準への大幅な鈍化が予想される。

 所得環境を見ると,低水準の失業率を背景に名目賃金は前年比3%弱の増加が続くものの,消費者物価上昇率の高止まりが予想され,実質賃金はゼロ%台半ばでの伸び悩みが続くだろう。加えて,Brexitをめぐる先行き不透明感の高まりを背景に,将来の景気や家計の財政状態への不安から消費者マインドの悪化が続く結果,個人消費の鈍化が予想される。

 設備投資は,Brexit交渉が佳境を迎え,最終合意後の批准への不安がくすぶる中で,今後さらなる企業マインドの悪化が予想され,国内企業の設備投資の先送り姿勢が強まるだろう。また,Brexitに伴うEU市場へのアクセスの悪化を背景に,海外企業による対内直接投資の減少も予想される。

 2019年4月以降の景気は,Brexit交渉の帰趨により,全く異なる2つのシナリオが描ける。

 まず,「メインシナリオ」の前提として,交渉は難航するが2018年末に「離脱協定」の最終合意に達し,2019年3月までに英EU双方で批准,3月29日に英国はEUを離脱し,移行期間入りするという「秩序ある離脱」を想定する。離脱前と変わらぬ事業環境が保障される「移行期間」入りすると共に,消費者・企業の先行き不透明感はかなりの程度払拭されるだろう。マインド面の回復と共に,先送りされていた大型耐久消費財や住宅の購入,設備投資等のペントアップディマンドが一部顕在化することで,景気は内需中心に潜在成長率を上回る前期比年率1%台後半の成長軌道へ持ち直しが予想される。景気回復と,インフレ目標を上回る消費者物価の高止まりを背景に,BOE(英国中央銀行)は,2019年半ばに0.25%ポイントの緩やかな利上げを実施しよう。

 一方,「リスクシナリオ」の前提として「合意無しの無秩序な離脱」を想定する。メイ首相が,保守党内の「強硬な離脱派」と「穏健な離脱派」のバランスに苦慮,譲歩策を打ち出せない状況が続く。EUも最後は英国が折れるとの読みの下で,譲歩を拒む頑なな交渉姿勢を維持,最終合意に達することができずに時間切れを迎える。経済の大混乱回避のため,移民や個人データの移転に関する取り決めや,航空協定等,最低限の危機回避策はとられるとみるが,英国と各国の貿易はWTOの最恵国待遇ベースへ移行を余儀なくされる。

 英国経済は,2019年3月末以降,企業マインドの悪化や,格下げによる資金調達コストの上昇,対内直接投資の減少等を背景に設備投資の落ち込みが深刻化するだろう。ポンドの下落や関税上昇に伴う輸入物価の高騰により,消費者物価は前年比3%台後半へ加速,実質所得の減少が予想される。株価や住宅価格の下落による逆資産効果も加わり個人消費も減少,景気はスタグフレーションに陥るだろう。2016年の国民投票後には,ポンド安により輸出が拡大し内需の減速を補ったが,今回は関税上昇及び,通関業務の混乱により輸出が下押しされるため,外需は景気の下支え足り得ない。

 金融政策については,カーニーBOE総裁が指摘する様に,No Dealの場合,EUとの貿易面の関係の変化によるサプライチェーンの混乱等,供給面のショックが大きいため,2016年の国民投票後の様な利下げによる対応は困難だ。ポンドの大幅な下落や物価上昇に対しBOEは大幅な利上げを余儀なくされ,さらなる景気悪化を招く恐れがある。

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