世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
対ロシア政策のあり方を考える
(東京国際大学 教授)
2018.10.01
9月のウラジオストクでの東方経済フォーラムの終了後に,ロシア極東を訪問する機会を持った。日本からの近さに驚いたというのが実感で,札幌からサハリン島のユジノサハリンスクまで1時間強,続いてウラジオストクまでが1時間半ほど,ウラジオストクから成田が2時間ほどであった。
ユジノサハリンスクからは北海道が目と鼻の先であり,マルチの日本訪問ビザを持つ人も多くおり,一番近い外国としての札幌に行ったことがある人も多い。
気候も,南樺太は北海道に近く,北海道の冬の暮らし方がわかっている人であれば,サハリン南部で暮らすことは難しくないとの評価である。サハリンは,道路などはないところも多く,全く開発されていない場所のほうが多いために,自然に親しむことが一番の楽しみとなる。釣り,バイクのオフロード,冬のノルディックスキーなど,すでにこうしたサハリンでのスポーツを楽しみにして日本から来る人も出てきているとのことであった。
ただし,サハリン経済はほぼ全面的に石油とガスの輸出に依存しており,石油とガスの生産が将来,20年後,30年後に減少に向かうと,50万人という住民の生活を支えることができるだけの産業は無いという状況にある。
次に,ウラジオストクに移動したが,本年の東方経済フォーラムでは,プーチン大統領が「年内に前提条件なしに平和条約締結を」と述べた点が大きな話題となった。
安倍首相のスピーチを受けてなされたプーチン大統領の発言であったが,安倍首相のスピーチの内容は,最初の部分に中国についての発言があり,その後,北朝鮮について話をしたあとに,漸く最後にロシアに関して話題を振り,「『今やらないで,いつやるのか』『われわれがやらないで,他の誰がやるのか』と問いながら,歩んできましょう」と述べており,これにプーチン大統領は応えて「年内に平和条約締結を」と述べたことになる。
早く投資してビジネスを進めて欲しいとのロシア側の意向は鮮明である。ウラジオストクは,大幅な観光客増が生じており,また,マツダの自動車組み立て工場の稼働をはじめとして,投資誘致拡大への取組みがなされており,産業振興にロシア政府は全力を注いでいる。観光客増は,韓国の観光客にビザ不要(ロシア全土で)との取り決めが行なわれたことが大きく,2017年比で4倍の韓国旅行者がウラジオストクに来ていると言われた。
一方,日本人は,航空券とホテルを全て予約した後に,観光ビザで1人1万円から1万5千円程を旅行会社に支払い,1週間から10日を要してビザを取得している。業務(ビジネス)ビザでは,1人当り4万円程度が必要となる。
論外に高いビザ代金は引き下げる必要があり,(韓国と同じく)ビザなし渡航を可能にすることで,日本企業の進出が飛躍的に増大することが予測できる。レストラン,観光業,小売業,輸出入業,さらには中小の製造業等の進出も促し,日本の経済圏をロシア極東に及ぼしていくことも可能となるだろう。
4島返還が無ければ平和条約は結べないという筋論を述べるだけでは,事態は何も動かない状況が,現実にロシア極東には存在していることが,ロシア極東を訪問すると実感される。ロシアに対する経済制裁が続いている事実はあっても,日本人のロシア訪問が(ロシア全土において)観光・業務ともにビザ不要となり,さらに,日本企業向けの工業団地の設置などを交渉し押し進めていくことで,日本からの自動車関連,電気電子,食品,医療など様々な産業の進出も期待できるようになる。
国境を越えた貿易・投資は,両方の国にメリットがあり,利益が確実に得られていくことで,北海道をはじめ,日本経済に対する利益も計り知れなく大きい。「筋論」は政府が,「実利」は民間がといった分担も,世界で生き抜くためには必要である。
さらに日本の対ロシア政策において,ロシアをよく知る人々のチームによる研究・調査・提言を求めながら進める必要がある点も指摘しておく必要がある。
ロシアは「呼びかけ文化」という言い方があるように,親密になれば愛称で呼ぶことが普通である。安倍首相は,ウラジーミル・ウラジーミロヴィッチ・プーチン大統領を,「ウラジーミル」と呼びかけているが,ロシア人が用いるウラジーミルの愛称は「ヴァロージャ」であり,「ウラジーミル・ウラジーミロヴィッチ」と呼ぶか,「ヴァロージャ」と呼ぶかのどちらかであり,「ウラジーミル」と呼びかけられては,そのたびに居心地の悪い思いをさせているに違いないと言われた。相手国の社会・文化・言語も理解した上での政策・戦略の立案が必要であることは論を待たない。
今後は,ロシア渡航ビザの完全免除が実現し,「アジアから最も近い欧州」と呼ばれるロシア極東で,日本の民間人の経済活動が活発化することを期待したい。
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武石礼司
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