世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1128
世界経済評論IMPACT No.1128

「一帯一路」と中国債務の罠

小原篤次

(長崎県立大学 准教授)

2018.08.13

 ギリシャ危機は,政権交代をきっかけに,国債,つまり国の借金を過少申告したことが明るみになって起きた。政権交代しても「借金」は引き継がれる。同様のことがスリランカやマレーシアで起きている。

 中国による「債務の罠」(China debt trap)として,メディアが注目しているのが,スリランカ南部の港,ハンバントタ港である。スリランカ政府が,中国からの融資を受けて建設した港湾の運営が赤字続きで,しかも同政府が返済能力を欠き,返済資金を工面するため,2017年末,中国国営企業に運営権を譲渡した。

 ハンバントタ港は,2015年までスリランカ大統領を務めたラジャパクサ氏の出身地,同国南部に,中国の融資で空港などとともに建設された。空港は大統領にちなんで「マッタラ・ラージャパクサ国際空港」となった。中国の政策銀行のひとつ中国輸出入銀行からの融資で建設され,施工は中国土木大手傘下の中国港湾工程(CHEC)が担った。

 スリランカ政府は2017年末,港湾運営会社の株式の大半を中国国有港湾大手の招商局港口に譲渡したうえで,99年間におよぶ長期リース契約で11億ドルを回収する計画である。債務と株式を交換するスキームはデットエクイティスワップと呼ばれる。招商局港口はこれに先駆けて,主力港コロンビア港のターミナル運営会社の株式の大半を取得している。

 ハンバントタ港は,「白い象(無用の長物)」,空港は,「世界で最も客の少ない空港」(米フォーブス)などと揶揄されている。同国際空港は,ターミナル面積が1万2000平方メートル,年間乗降客100万人の能力を有する。建設費2億900万ドルのうち,1億9080万ドルが中国からの融資で支えられた。2013年の開港当初,1日7便が飛んでいたものの,利用客が少なく,徐々に定期便が減便され,1日1便と週1便しかない状態となり,1日数十人の乗客しかいないという。

 ハンバントタ港に関するFS調査は「港は機能しない」としていたことを,ニューヨークタイムズが2018年6月,報じている。FS調査とは,フィジビリティスタディ(Feasibility Study)の略で,援助機関などが融資や援助決定前に,事業の採算性などを評価する重要な調査である。

 このほか,コロンボでは350メートルの高層タワーが建設中で,中国輸出入銀行が融資を実施した。スリランカ国の対外債務GNI比はじりじり上昇,2016年には59.0%にのぼる。

 なお,スリランカ政府は2017年6月,2001年から2017年末までの中国輸出入銀行からの融資が累計72億ドルにのぼることを公表した。ニューヨークタイムズによると,スリランカ財務省は2018年度,148億ドルの歳入に対し債務返済規模が123億ドルに及ぶ。ただ,断片的な情報開示で全体像をつかみにくい。

 ラジャパクサ大統領と中国の親密な関係,腐敗の構図が大統領選挙の敗因となった。さらに,同大統領は,大統領3選を禁止していた憲法を改正するなどして国民の不信が高めた。

 スリランカの場合,長期にわたる内戦で,大規模な復興支援が必要だったが,先進国や国際機関から十分な支援を受けられず,大型プロジェクトを中国に依然せざるを得なかったとも言える。

 他方,1981年から22年間,マレーシア首相を務めたマハティール氏が15年ぶりに首相の座に返り咲いた。同氏は膨らんだ同国の債務削減に向け,前政権のラジブ首相が中国政府と進めた,鉄道建設や都市開発,パイプライン敷設などインフラ計画を見直すと表明している。世界銀行によると,2016年,マレーシアの対外債務の国民総所得(GNI)比は69.6%で世界26番目の高さである。ラジブ前首相は政府系ファンドを設立,自ら経営に関与し,腐敗の温床と指摘されていた。政権交代によって,債務が注目されたという点で,マレーシアはスリランカに共通している。

 スリランカの港湾や空港を支援した中国輸出入銀行の融資残高は2016年で,3592億ドルで,世界銀行や日本の国際協力銀行の2倍程度の規模である。一帯一路に関して,2015年12月に設立されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)が注目される。加盟国に英国も含まれ84カ国に及び,アジア開発銀行(ADB)の67カ国を上回る。融資額は2016〜2017年の2年間で24案件42億ドル,対してADBは2017年単独で289億ドルに及ぶ。AIIBの専門職員は131人と小規模で多くの案件は世界銀行やADBなどとの協調融資である。個別の融資案件の規模や融資条件も公開されている。なお,中国輸出入銀行の年報には国別の融資実績は開示されていない。

 最後に,米シンクタンクが中国債務の罠にかかる可能性を報告している。融資対象国の情報やデーターベースなどを活用して中国の国別融資額や,予想される一帯一路構想のプロジェクト規模を推計した。航路にあたるジブチ,モルジブ,パキスタン,陸続きのモンゴル,タジキスタン,キルギスタンなど8カ国を債務リスクが高い国とした。アフリカ東部のジブチは対外債務の8割を中国が占め,中国は2017年,ジブチに海外初の海軍基地を設けた。ジブチは一帯一路には軍事戦略も含む事例として引用されている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1128.html)

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