世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1090

もうひとつの「パリ会議」:2018年OECD閣僚理事会

安部憲明

(OECD日本政府代表部 参事官)

2018.06.04

 国際会議や条約には,通常,開催地の名が冠される。洞爺湖やスイスのロカルノは,過去の会議ゆえに,湖畔の避暑地としての知名度をさらに高めている。逆に,条約交渉の老舗地のパリやジュネーブ,ロンドンは歴史上有名な前例があり過ぎて,年表上で何年のどれかを特定する方が難しい。

 経済協力開発機構(OECD)は,閣僚理事会を毎年初夏に本部で開催する。議長国は毎年変わるが,場所は常にパリだ。だから,敢えてパリ会議とは呼ばれない。また,ある年の会合の議長国の名をつけて呼ぶこともしない。ところが,劇場は同じでも,配役や演出でまったく違った舞台作品ができあがるといった具合に,ある年の議長国やそれを取り巻く国際情勢によっては例年と区別して長く記憶に留めたい会議がある。2018年5月末,お膝元のフランスが「多国間主義のテコ入れ」をテーマに掲げて議長を務めたOECD閣僚理事会は,その資格十分だ。

 OECDは,第二次大戦の欧州復興計画(マーシャル・プラン)を実施するための欧州経済協力機構(OEEC)という地域機関を母体とする。1961年に,欧米が主導し,世界経済の持続的成長と生活の質の向上に向けた政策協調と,途上国の開発協力を目的とする新たな組織へと衣替えしたのが始まりだ。国連安保理の常任理事国,旧宗主国ではあるけれども,米ソ超大国の間で影響力は落ち目。二度の大戦を防げず,首都まで占拠されたフランスが,多国間主義を旗印とする国際機関の本部を迎え入れた動機は理解に難くない。

 そして,今年ほど,その象徴的意義を改めて想起させる舞台装置と配役がぴったりとはまる年はなかっただろう。主役のマクロン大統領は,内政面では,福祉・再分配重視で生温くなった国内経済に競争原理を導入して喝を入れるべく,社会保障の見直し,デジタル化を活用した生産性向上,雇用,教育など幅広い領域での改革を志向する。一方,外政面では,フランスが伝統的に外交政策の要諦としてきた対話に基づく多国間主義を旗幟鮮明にする。英のEU離脱や,ドイツの連立政権のもたつきを尻目に,内向き傾向が依然として根強い欧州で統合強化に主導権を発揮し,米国の単独主義に堂々と対峙する。トランプ米大統領は格好のヒール役,メイ英首相やメルケル独首相も自分を引き立てる脇役というわけだ。

 今年のOECD閣僚理事会の具体的成果は別稿(http://www.iti.or.jp フラッシュ欄6月4日付「疾走するOECD,デジタル化時代の国際協調」)に譲るとして,ここでは,なぜ今年の会議が年表にもうひとつの「パリ会議」と刻まれる資格があるのか,「楽屋話」を3題紹介したい。

 第1は,地元開催ゆえの動員力だ。大統領以下,主要閣僚が,分野別のセッションに軒並み出席し熱弁を振るった。また,小国が議長国の場合は,OECD事務局に大量の文書の調整作業を丸投げするところを,優秀な官僚組織を動員し最後まで筆を手放さず,フランスが重視する利益をとことん追求した。さらに,昨年秋,異例の人事で,駐イタリア大使のカトリーヌ・コロナ大使をOECD大使に横滑りさせ陣頭指揮にあたらせた。シラク元大統領の秘蔵っ子で,誰もがその能力を認めるエース外交官だ。ちなみに,本年副議長国のニュージーランドと2016年加盟したてのラトビアとも女性大使で,3名ともふだんは丁寧な物腰ながらも,交渉の勝負どころの決断力は迫力があった。

 第2は,OECDを国家戦略の中で十全に活用するフランスの構想力だ。けだし,国際機関の主人はあくまでも主権国家であり,その逆ではない。就任後1年,マクロン政権の改革は踊り場にある。支持率は漸減し,折しも,国鉄改革に反対する長丁場のストライキで,国内には停滞感が漂う。だから,是が非でも公約の各種改革に対するOECDの信任を得て,有権者にアピールしたい。外交に目を転ずれば,マクロン大統領は4月に訪米し,5月末のOECD閣僚理事会のすぐ翌週には,カナダでのG7首脳会議に臨む。2019年には,G7議長を控えるという全体の組み立ての中で,ここらで多国間協調の主導権をしっかりと握っておきたい。

 こうした構想を実現するためのフランスならではの「鈍感力」は健在だ。OECDが得意でない気候変動(それこそ「パリ協定」)や生物多様性などを議題の正面に据えるのは,「議長の我田引水だ」との批判にも「これこそ議長の役得だ」と受け流した。また,テーマの「テコ入れ(仏語のリフォンダシオン)」の英訳候補が,アングロ・サクソンの加盟国から適訳でないと次々却下された末に,全く同じ綴りの「リファンデーション」という英語辞書にない単語を造出して涼しい顔をしていたのはもう,立派! としかいいようがない(その後,さすがに英米勢から調整が申し込まれ,最後「reshaping the foundation」という,いまひとつ冴えない訳語に落ち着いた)。そして,実は,通常出される閣僚間の合意文書は,数週間の精力的な交渉にもかかわらず,最後,いくつかの論点についてまとまらなかった。フランスは,次善の策として議長国のみの権限と責任で発出できる議長声明を出し,その冒頭で,閣僚らは,コンセンサス・マイナス・ワンで,以下の合意に至った,と言ってのけた。たった1か国の反対が全会一致を妨げたとの内幕を赤裸々に暴露したのだ。この極めて社交的でない外交文書は,その1か国を狼狽させ,その他の国を驚かせ,呆れさせ,また心胆寒からしめた。

 楽屋話の最後は,OECD加盟国中拠出第1位の米国が,全会一致を原則とするOECDの意思決定にとっての最大の不安定要素になっているという残念な側面である。長引く大使の空席,同じくパリに本部を置くユネスコからの脱退表明,国際機関への予算削減の可能性という3本の乾いた導火線は,今年の閣僚理事会で,いくつかの重要案件に関する集団的な意思決定を左右した。OECD本部の瀟洒な洋館が,戦後欧州復興に尽力した米国務長官の名を取り「ジョージ・マーシャル・ビル」と命名されている皮肉を,今年ばかりは多くの閣僚が感じたにちがいない。

 さて,最近,フランスの巷では「Macronien(マクロン的な)」という形容詞をよく耳にする。フランス人の友人に聞けば,既存政党からの訣別,右でも左でもない大胆な改革を通じた活力溢れる強いフランスの復権,構成員全員が傍観者ではなく運営に参画する社会の再構築,政府への信認,そして,それらを原資に欧州統合と国際協調の中で主導権を発揮する,というマクロン氏の政治思想の基調や雰囲気を指して使われるという。OECD閣僚理事会の基調講演で,若き大統領は,期待にたがわず「マクロン流」に多国間主義のテコ入れを謳い,老獪な大国の存在感を示した。ただし,この会議が真に歴史年表に長く記されるかは,これらが実現できるか否かにかかっている。OECDもフランスもこれからが正念場だ。

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