世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1069
世界経済評論IMPACT No.1069

米中貿易戦争と国際分業上の日本の位置

武者陵司

((株)武者リサーチ 代表)

2018.05.07

 米中貿易戦争が激しさを増す中で,日本の優位性,摩擦・為替抵抗力の強まりを示す数々の証拠が浮上している。また日本の国際分業上の優位性が際立ってきた。

  • ① トランプ政権による鉄アルミ関税免除に日本が排除されたが,懸念は小さい。日本の供給する高級鋼材は他では代替が効かないからである。
  • ② 中国の対日急接近,8年ぶりの日中経済対話再開の理由は日本の技術が必須だから。中国産業の急速なハイテクシフトにより中・韓,中・台は完全に競合,中国・ドイツも競合色を強めているなかで日本は競合の少ないハイテクニッチの高技術分野に特化しており,日中は基本的に補完関係にある。
  • ③ 国際分業においてハイテクニッチの高技術分野は日本企業の独占度が高い。故に円高抵抗力も強まり,企業の高収益が続いている。
  • ④ 日米は米国にとっても理想的相互補完分業関係にあるといえる。日本は経済の基幹部分を大きく米国に開放,依存している。インターネット,スマホ,航空機,先端軍事品,MPUなど半導体,金融などは日本市場において米国企業が圧倒的プレゼンスを持っている。また米国国債を1兆ドル以上購入し,米国への資本供給に協力している。1990年当時の日米摩擦勃発時とは全く異なる風景である。米国が求めるFTA見直しで韓国は全面屈服したが,日本は米に追随する必要はない。米国が求める牛肉,自動車において日本は恥ずるところないからである。牛肉はTPP離脱により米国が自らの競争力を不利にした。自動車は日本関税ゼロ,米国2.5%(小型トラックは25%)と日本の方が低く,問題は日本における米国車のブランド力劣後にある。確かに日本の対米貿易黒字は689億ドルと大きいが対中国赤字の5分の1に過ぎない。
  • ⑤ 日本以外の経常黒字国は大幅な貿易黒字が原因であるが,日本だけは経常黒字の大半は所得収支の黒字であり,貿易黒字はごく小さい。所得収支黒字は現地で雇用を生むので歓迎されるはず,貿易黒字は現地で雇用を奪うので非難される理由はある。円高下で実現した日本のグローバル・サプライチェーンにより,日本は海外で著しく雇用を生む国になっており,それが所得収支の大幅黒字に現れている。故に日本はもはや貿易摩擦の対象にはなりえない国といえる。日本が貿易摩擦フリー化,為替変動フリー化していることがうかがえる。

“Japan as only one”

 上述の事柄は,日本の国際分業上の特質を如実に示している。つまり日本が競合のないニッチ高技術高品質分野に特化していること,日本がグローバル・サプライチェーンを確立させ海外雇用に大きく寄与していること,である。この国際分業上の特質は日本企業のビジネスモデルの大転換によって支えられている。かつての日本企業のビジネスモデルは,ナンバーワン志向であった。1980年代までの日本は導入技術と価格競争力により,世界の製造業主要分野においてナンバーワンの地位を獲得した。“Japan as number one”の時代である。しかしこのモデルは米国による日本叩き,超円高,韓国などアジア諸国企業の模倣と追撃により,完全に敗れた。かつて日本が支配した液晶,パソコン,スマホ,半導体,テレビというデジタルの中枢分野では,日本企業のプレゼンスは,今は皆無である。では日本の企業は一体どこで生き延び収益を上げているのかといえば,それは周辺と基盤の分野である。デジタルが機能するには半導体など中枢分野だけでなく,半導体が処理する情報の入力部分のセンサー,そこで下された結論をアクションに繋げる部分のアクチュエーター(モーター)などのインターフェースが必要になる。また中枢分野の製造工程を支える素材,部品,装置などの基盤が必要である。日本は一番市場が大きいエレクトロニクス本体,中枢では負けたものの,周辺と基盤で見事に生きのびているのである。また円高に対応しグローバル・サプライチェーンを充実させ,輸出から現地生産へと転換させてきた。

 世界的なIoT(モノのインターネット)関連投資,つまりあらゆるものがつながる時代に向けたインフラストラクチャー構築がいよいよ本格化している。加えて中国がハイテク爆投資に邁進しているが,ハイテクブームにおいて日本は極めて有利なポジションに立っている。新たなイノベーションに必要な周辺技術,基盤技術のほぼ全てを兼ね備えている産業構造を持つ国は日本だけである。中国,韓国,台湾,ドイツはハイテクそのものには投資していても,その周辺や基盤技術の多くを日本に依存している。言い換えれば,日本のエレクトロニクス企業群は,このイノベーションブームの到来に際して,最も適切なソリューションを世界の顧客に提案・提供できるという唯一無二の強みを持っている。こうしたことから日本企業の収益力は飛躍的に高まっている。直近の企業収益は,営業利益対GDP比12.2%で過去最高となっている。また日銀短観による製造業大企業の経常利益率は,2017年度は8.52%と予想され,それはバブル景気のピーク1989年度(5.75%),リーマンショック直前のピーク2006年度(6.76%)を大きく上回るものである。

 企業のビジネスモデルの大転換➡国際分業上の優位性獲得➡企業収益向上,という一連のプロセスは,日本の大復活を予想させるものである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1069.html)

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