世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.990

日本版通商代表部設立の戦略的意義:攻めの通商政策を目指して

金原主幸

(ITI 客員研究員)

2018.01.15

 今年(2018年)は,日米経済対話が本格化する年となるだろう。TPP11と日欧EPAの発効に向けた準備も進む。日本としては,保護主義,二国間主義へ大きく傾斜しWTOを軽視するトランプ政権を相手に,対米重視の姿勢を示しつつも多角的貿易体制の意義を前面に押し出して対話と交渉を行っていかねばならない。すぐには無理でも米国のTPPへの復帰も促していく必要がある。実に難しい舵取りとなるが,そのためには場当たり的ではなく長期的な視点に立った総合的な通商戦略の構築が必要となる。

 そこで本稿では,骨太の通商戦略を構築し対外交渉を一元的に担うべき日本版通商代表部(米国のUSTRに相当)の設立について思いを巡らせてみたい。実は,十数年前に経済界では「我が国にもUSTRのような機関が必要なのではないか」との意見が出かかり,それが一部マスコミで報道されたことがあった。しかし,結局,表立った議論とはならず当時の経団連の政策提言に盛り込まれることはなかった。理由は,関係省庁からの猛烈な働きかけもあって,設立は現実的ではないと最終的に判断されたからであった。

 “霞ヶ関の論理”からすれば,政府内の権限は基本的にゼロサムであるから,政府内に強力な組織が新設されることには関係省庁が本能的に抵抗する。他方,既存の省庁に手をつけずに新設すれば単なる屋上屋となり意味がない。ここでは,一朝一夕には実現しないことを百も承知で,敢えて日本版通商代表部の戦略的意義について検証することとした。以下は「もし実現すれば,こんなにいいことがある」というちょっと遅い新春の初夢である。

 強力な通商代表部とするための大前提は,外務省経済局と経産省通商政策局を両省から分離・統合し核とすることである。日本政府をひとつの組織体としてみた際,両局の機能が被っており非効率であることは明らかである。かつて筆者が外務省に出向していた時の某上司(のち駐サウジアラビア大使)が「わが省の経済局の最大のレゾンデートル(存在理由)は通産省(当時)の動きのチェックなんだよ」と冗談まじりに語っていたことを思い出す。むろん詳細な制度設計が必要だが,両局の他にも経産省の貿易経済協力局,財務省の関税局,農水省の大臣官房国際部等についても見直し,少なくとも一部は廃止または分離し,通商代表部に併合されるべきだろう。

 日本版通商代表部の大きなメリットを国益の観点から3点指摘したい。

 第一に,政府全体として統一された総合戦略の構築と総力を結集した対外交渉が初めて可能となる。これまで外務省と経産省を中心とした主導権争いや相互牽制により対外的な交渉エネルギーが分散しがちであったことは否めない。相手国にしてみれば日本は分断しやすく御しやすい国と映る。古くは貿易摩擦時代の日米・日欧交渉,最近ではWTOドーハ・ラウンド交渉でそれが如実に露呈した。

 第二に,他の省庁と同格の通商問題に特化した組織が確立することによって,政府内における通商政策の相対的な重要度が高まることになる。政府の実態は「日本は貿易立国」とのかけ声からはほど遠い。まず外務省は基本的に経済官庁ではないので,通商問題より政務,安保,対米配慮等を優先するDNAを持つ。事務次官は経済担当外務審議官ではなく政務担当外務審議官から昇進する。経産省でさえ,通商政策局長は決して最右翼ポストではない。事務次官は通常,産業政策局系から昇進する。長年にわたる両省のトップ人事の慣行をみれば,省内における通商問題の位置づけがわかる。

 第三に,日本はこれまでの受け身の姿勢から攻めの通商政策へ転換する,との明確な強いメッセージを対外的に発信することができる。これまでの通商交渉では,国内の農産品市場を守ることが政治的に常に最優先とされてきた。そのため,バイでもマルチでも交渉が後手に回りがちとなり,各分野の新しいルール作りでも欧米等に主導権を譲ってきた。「日本は最後は降りるし,ついてくる」(ラミーWTO事務局長(当時))と足下を見られることも少なくなかった。通商代表部の設立自体が,そうした海外でのイメージの払拭となる。

 「仏作って魂入れず」とならぬようにするためには,少なくともふたつ条件がある。ひとつは,中核となる幹部職員らは各省からの背番号つきの短期出向ではなく移籍組と新規採用組を主体とし,本格的な通商戦略の専門家集団とすることである。日本のキャリア官僚は基本的に優秀だが1,2年で異動を繰り返すジェネラリストなので,欧米等の通商分野のプロ集団と互角に渡り合えるだけの専門知識と経験を蓄積した人材は霞ヶ関にもそう多くはない。経産省で長年にわたりWTOやEPAの首席交渉官として活躍し,退官した今でもWTO主催の国際シンポジウムなどに頻繁に招聘され,日本を代表して諸外国の産官学のトップと論陣を張っているN氏などはむしろ例外的存在である。企業や法曹界など民間からも広く人材を登用すべきだ。すでに経産省通商政策局では,弁護士出身で国際法務官のK氏のような成功例がある。

 もうひとつの条件は,担当大臣には政策通で与党内の有力者が任命されることである。通商交渉の国内的決着には,膨大な政治エネルギーが必要となるからだ。TPP政府対策本部が予想以上に機能したのは,当時,甘利大臣が担当閣僚だったからだという見立ては外部の観察者の目からみても公正な評価であった。

 今のところ,政府内で日本版通商代表部設立の具体的な検討が行われている様子はない。ただ,力のある政権がその戦略的意義に気づき本気になって着手すれば,決して机上の空論に終わることはない,と考えるのは筆者だけだろうか。

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