世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ大統領が米国を危険に晒す
(丹羽連絡事務所 チーフエコノミスト)
2017.12.18
今年は1月に就任したトランプ大統領の傍若無人な言動に世界が振り回され続けた1年だったと言える。来日した知人の元米政府高官はトランプはワシントンにchaos(混沌),confusion(混乱),cronyism(縁故主義),corruption(腐敗),crackpot(狂気)という5つのCを持ち込んだと溜息をついていた。
America First(アメリカ第一主義),Make America Great Again(アメリカを再び偉大に),Make America Safe Again(アメリカを再び安全な国に)はトランプ大統領が掲げる3つの標語で,今のところ掛け声倒れの感が強いが,とりわけMake America Safe Againほど真逆に進んでいるものはないだろう。1つが北朝鮮との核戦争リスクである。今年8月にトランプ大統領は「米国を危険に晒せば北朝鮮は人類が経験したことのない炎と怒り(fire and fury)に直面するだろう」と発言した。本人は北朝鮮を威嚇したつもりだろうが,北朝鮮が過敏に反応してグアムをミサイル攻撃する計画に言及した。
それ以降は北朝鮮のミサイル発射や核実験,そして米国サイドは北朝鮮を想定した大掛かりな軍事演習など,米朝の挑発的な動きがますますエスカレートし,一触即発のリスクも高まっている。北朝鮮関係者によると,「北朝鮮人民は死をも厭わぬ覚悟で米国と対峙しているが,米国にはそれだけの肚はない。最後は米国が引き下がらざるを得ないだろう」と強気である。お互いがチキンレースの様相を呈しているので余計に危険である。
第2はトランプ大統領のイラン核合意破棄の方針である。せっかく長い時間を費やして2015年にイランの核開発を制限する合意に漕ぎ着けたのに,トランプ大統領はイランが合意を順守していないと批判し,議会に制裁を課すよう要請している。トランプ大統領が確たる証拠を突きつけているわけではなく,イランも最高指導者ハメネイ師が「根拠なき批判」と反発,またイラン核協議に参加した英独仏中露もトランプ大統領に核合意破棄方針の翻意を求めている。
仮に核合意が破棄され,イランが再び核開発を始めるような事態となれば,中東の安定を大きく損なうリスクが出てくる。特にイエメンを始め中東各地でイランとの代理戦争を繰り広げているサウジアラビアの対応が気になる。丁度,ムハンマド皇太子が王位継承を確たるものにするため,権力の掌握を狙って11月に汚職摘発の名目で王族11名を含む50人の逮捕に踏み切ったばかりである。国内政治が不安定な時には,対外的に緊張を高めるのは常套手段であり,流石にイランとの全面戦争には進展しないだろうが,部分的な武力衝突の可能性もなしとせずだ。同じくイランと敵対するイスラエルもイランの核保有につながる核開発は許さないという姿勢を堅持しており,イランが核開発に動けば核施設への攻撃もありうる。
更に,この12月にトランプ大統領が突然エルサレムをイスラエルの首都と認め,米国大使館をテルアビブからエルサレムへ移転させると発表したことはパレスチナ問題の寝た子を起こす厄介な問題だ。イスラエルとパレスチナが共にエルサレムを首都と主張しているところに,米国がイスラエル側につけば,米・イスラエル連合とイスラム社会の対立が先鋭化し,弱体化しつつあるイスラム国(IS)などイスラム過激派への求心力が再び強まる怖れがある。
米国大使館を始めとする米国の出先機関や旅行者も含めた米国市民がアラブ地域に限らず,世界各地で,更には米国内でもテロに襲われる確率が高まると言えよう。米国における最強のイスラエル・ロビー団体であるアメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)からの支持を確たるものにするために,今回の決定がなされたものとみられるが,米国市民をテロの脅威に晒して果たして国益に合致するのか極めて疑わしい。America Firstはトランプ大統領の専売特許だが,トランプ大統領の言動から判断すると,支持者ファースト,ひいてはトランプ・ファーストであり,その結果,米国を危険に晒しているのが実態である。皮肉を込めてトランプ大統領はMake America unsafe again(アメリカを再び危険に晒す)に標語を書き換えたほうが良いのではないかと思われる。
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