世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
FRB金融政策と中立金利論争
(福井県立大学 客員教授)
2024.04.29
米連邦準備理事会(FRB)は3月の連邦公開場委員会(FOMC)で経済見通しを発表したが,それから僅か1ヶ月で年内3回という利下げシナリオの変更を余儀なくされている。3月の消費者物価(総合)の前年同月比が3.2%から3.5%に加速上昇したからだ。また,雇用者数も前月比30万3千人も増加するなど極めて好調であり,利下げする環境からは程遠い。これまでパウエルFRB議長は利下げの条件として「インフレ率が持続的に2%に向かっているとの確信が得られる必要がある」としていたが,「予想以上に時間がかかりそうだ」と急いで利下げする必要がないと述べている。更にタカ派で知られるボウマンFRB理事は「インフレが低下せず,反転上昇すれば(逆に)利上げが必要となる可能性もある」とまで述べている。
以前からローレンス・サマーズ元財務長官は「Fedは利下げしたくてうずうずしている。足元の経済指標を見る限り,利下げは納得できるものではない」と述べていた。その理由は①失業率は完全雇用とみられる水準(4〜4.5%)を下回っている,②GDPは潜在成長率とみられる伸び(2%程度)を上回っている,③企業金融は過剰流動性のお陰で極めて緩いものとなっていると指摘し,更に④債券市場への大きな圧力となっている巨額の財政赤字や政府債務の存在,⑤急増する民間設備投資,⑥AI製品への需要の急増,などを考慮すれば,政策当局者は現在の金融政策が引き締め的であると考えるべきではない,と述べている。
サマーズはこれらの環境変化を考慮すれば,中立金利が基本的に4年前と同じ水準に留まっているのはおかしいと述べ,FOMCメンバーの中立金利(長期FF金利)見通し2.6%に対して4%を主張している。「Fedは利下げを急ぐ必要もないし,Fedが想定する中立金利に向けて引き下げて行くのはインフレを加速させるので危険だ」と警告している。ここでサマーズが言及する中立金利とは景気を過熱せず,冷やしもしない名目金利を意味しており,そこから期待インフレを差し引いた実質金利が自然利子率である。自然利子率と期待インフレ率の和が中立金利であり,期待インフレ率は2%と想定されているので,自然利子率に2%を足せば中立金利が求められるが,肝心の自然利子率の水準を巡って意見が割れている。
NY連銀はGDPギャップや物価変動などを元にしたモデル(HLWモデル)を使って自然利子率を試算している。これによると2008年のリーマンショック以前は2.5%だった自然利子率がリーマンショック後に0.5〜1%のレンジに低下しており,2023年4〜6月期は0.6%となっている。この数値に期待インフレ率2%を足せば中立金利は2.6%となり,まさしくFOMCメンバーのFF金利の長期見通し2.6%と一致する。しかし,HLWモデルによる推計結果をよく見れば,1960年以降,成長トレンドとほぼ似通った数値を示していた自然利子率がリーマンショック後に成長トレンドを1%下回るなど,大きな乖離が生じていることが分かる。恐らくリーマンショックが誘発したデフレリスクが自然利子率を押し下げたからだろう。
しかし,リーマンショックから16年が経過し,米国経済の現状はコロナ感染の終結とウクライナ戦争の結果,労働市場の逼迫と資源価格の高騰に直面している。デフレの時代はとっくに過ぎ去り,むしろインフレを警戒しなければならない時代に移行しており,デフレリスクで下振れしていた自然利子率が成長トレンドに再接近する,即ち上昇すると考えるのが自然だろう。結論として,FRBの利下げは緩やかで,かつ到達地点も2.6%より高い水準に落ち着くものと予想される。
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