世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.959
世界経済評論IMPACT No.959

廃棄制約,再生可能エネルギー,新しい地域発展:地球経済的視点

山川俊和

(下関市立大学経済学部 准教授)

2017.11.27

 オルタナティブな経済学の潮流のひとつである「エコロジー経済学」(Ecological Economics)は,伝統的な経済学が「廃棄」行為について暗黙の内に想定してきた「無限の廃棄可能性」を痛烈に批判し,経済学における生態学的観点の導入を進めてきた。たとえば,ハーマン・デイリーの三原則(=(1)再生可能資源の収穫率は,その再生率を超えない,(2)廃棄物の排出量は,生態系がそれを吸収・同化できる能力を超えない,(3)枯渇性資源の採掘量は,それを再生可能資源で代替できる程度を超えない)は,エコロジー経済学のエッセンスを簡潔に示したものである。筆者は,「地球の自然資源に依拠した世界経済」を人類は生きており,地球環境の制約の上で貿易,直接投資など国際経済現象が行われている点と,価値尺度としての持続可能性を重視する,いわば「地球経済」的な視点がまずます重要になってきていると考えている。

 さて,デイリーの議論も踏まえつつ植田和弘教授は,現代を「廃棄制約の時代」ととらえる(『緑のエネルギー原論』岩波書店,2013年)。自然への廃棄容量は当然ながら無限に可能ではない。エネルギー消費にともなう温室効果ガスの廃棄は気候変動を引き起こす。われわれは,気候変動の制約下で経済を営むことを余儀なくされている。原子力発電にともなう放射性廃棄物の発生と処理もまた,廃棄制約の今日的様態である。経済学はこの問題をどのように考えるべきだろうか。正しい方向性は,廃棄することに大きなコストがかかるくらいなら,そもそも廃棄しない方向に生産や消費を変えようとすることではないか。廃棄のコストを無視することは,環境的にも経済的にも非合理な結果を引き起こす。注目すべきは,環境保全に反する経済活動は市場でも評価されない,そうした流れを端的に示す「座礁資産」という新しい概念が提起されていることである。近い将来,石炭など炭素集約的な資源は「使いたくても使えなくなる」見込みが高いのである。

 世界第2位の排出国であり,中国とともにパリ協定(Paris Agreement)採択の功労者であったアメリカの協定脱退は,国際社会に大きな衝撃を与えた。しかし,交渉はまさに現在進行形である。ドイツ・ボンで2017年11月に開催された第23回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP23)における「私たちはまだパリ協定に残っている」スローガンのアピールは,トランプ政権の化石燃料偏重型の気候変動対策への国内の不満を表明している。アメリカ「内部」からの反発も根強い。例えば,州レベルではカリフォルニア州などが中心になってパリ協定の目標達成を独自に取り組む「気候同盟」が形成されているし,企業レベルでも事業運営を100%再生可能エネルギーで調達することを目標に掲げる企業が加盟している取り組み(「RE100」)に,GoogleやGMなど幾つものアメリカ企業が参画し,成果を上げている。世界のさまざまなアクターが環境保全を活動の足かせと考えるのではなく,いち早く再生可能エネに取り組んだ方が合理的だと言わんばかりである。こうした現象を通じて,経済主体の行動の新たな規範が作られ,ひいては環境と経済についての思想面での転換にまで至るかという点に今後も注目していく必要がある。

 よりローカルな視点からはどうか。筆者は,2017年9月にドイツ・バイエルン州を中心に再エネ調査の機会に恵まれた(通算で3度目)。日本にもやがて訪れるポスト・固定価格買取制度(FIT)の時代に向けては,売電だけでなく,熱供給などエネルギー自体の利用とエネルギーから生まれる所得を地域で循環させるエネルギー自給・自治が確立していくことがエコロジー的にも経済的にも望ましい。宇沢弘文が指摘するように,農村は豊かな社会的共通資本を有し,人々が交流する「場」である。再エネの成功事例の多くが,地域社会の中で意味を持ち,「社会的埋め込み」の実践となっている(拙稿「再生可能エネルギーの導入をめぐる事業者と地域社会:『エネルギー自治』を支える制度面の課題の検討を中心に」『都市とガバナンス』26号)。

 さて,ドイツで注目すべきは,日本の再生可能エネルギー普及で見られるような大都市部の資本とのトラブルが驚くほど少ないこと。そして,資本力が異なる大手金融機関との競争など課題はあるものの,再エネ導入の利益が地域に還元される仕組みが存在し,多様な担い手が育っていることだ。筆者が訪問したグロースバールドルフという人口900人程度の小さな村では,エネルギー協同組合を主体として太陽光,バイオマス,風力を備え農村経済の好循環を生んでいる。その鍵はなにか。再エネをめぐる多様な担い手はもちろん,自治体,郡,州,連邦,EUの重層的なガバナンスと地方自治,そして予算配分の仕組みが重要だと考えており,筆者が代表である研究プロジェクトにおいて,この仕組みの解明を進めているところである。また,太陽光パネルなど再エネ関連産業が成長し,脱炭素経済を模索している中国の動向は世界の注目するところである。筆者はこのコラムを執筆中の2017年11月に,中国内陸部の再生可能エネルギー調査に出ている。中国の規模に圧倒され,独特な資金調達システムが興味深かった。機会があれば動向を紹介する。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article959.html)

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