世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.935

トマ・ピケティ『21世紀の資本』基本法則

原 勲

(北星学園大学 名誉教授)

2017.10.23

 21世紀の資本主義は,少数の富みの保有者が多数の富みを持たない市民を支配する格差社会をもたらすだろう。理論的には2つの基本法則α=r×β,β=s/gと結論式r>gが得られるからだとピケティは説明する。αは資本分配率,rは資本収益率,βは資本所得率であるが,フランス等の先進国ではrは長期間あまり変動せず一定,βは貯蓄率sに対し,経済成長率は人口減少率の拡大などによって長期に低下するため増加する。rと特にβが増加するため結局αの増大という労働と資本の格差拡大が生まれるというのがピケティ理論のいわば構造部分である。これらの理論は特段新しいものではなく,コブ・ダグラス,ハロッド・ドーマー,ロバート・ソロー等の経済成長論を引き継いだ今日の経済学の標準的な見解である。ただし,実証的には,ピケティの予測と違って,これまでαは先進国,発展途上国のいずれを問わず30パーセント程度で長期に不変であった。rの長期的安定性についてピケティは,資本収益率を民間に限定しないと例示しているし,その数値は正しい。問題はβで資本主義の効率が下がると上昇するというメカニズムは,ソローによって理論化された。さて筆者は「失われた20年」と言われる1995〜2014年の日本経済にピケティ理論が適合するかを検証してみた。一般的な評価と異なって特に日本のマクロ経済学者からの批判が多く出されているためでもある。結論から述べると日本のこの期間の経済動向を前提にすると,α一定で資本シエアは変わらない,rもフランスより低いが一定,βは低成長下では低下するという見解と違って一定となった。ここでは日本の経済学者の一部の方と見解の相違があり,それは先のrとβの取り方の違いによる。その代表的見解はβの増大を認めたうえで,rの減少によってαは変わらなかったという説である。

 この点筆者からすればrの取り方がピケティ論の前提より,民間企業の実績を採用しているため直接比較出来ないことで,これからピケティ理論は日本には合わないと主張するのは適切ではないとするのが第一,次いで日本のβは長期のバブル経済の崩壊という他の先進国にこれまで見られなかった現象が発生したことをピケティ同様見過ごしていることである。それはsの異常な長期低落とgを決定する資本ストックを毀損させたことによって起こっている。その結果これまでの経済低長化のβ増大という既知の理論が必然性を持たなくなったのである。これは21世紀資本主義が,日本化ともいうべき長期の低成長経済において当然起こるべき現象であった訳で,その意味では日本経済はその先鞭を示しているともいえる。その意味でこれまでのβ論は新しい視点がなければならない。ともかくピケティと同時にβ増大論の上に立つ経済成長理論は,日本経済の実証の上ではもとより,それが決定づけるα拡大による格差拡大論においても納得できない。最後の結論r>gも人口減少時代においては一般的には素朴に納得出来そうであるが,21世紀においても常にそうなるのかは疑わしい。gが常に低下し続けるとは限らない。紛争や災害などの発生により,gが劇的に低下し,しかしそのことが資本ストックを急激に押し上げる場合もありうる。戦後日本の奇跡的な長期経済成長過程はそのことを証明した。実際未来は不確実性に充ちている。歴史を検証しながらなお不確実性に対応した冷静な議論や分析が必要であることはいうまでもない。ピケティ「21世紀の資本」は多くの示唆を与え,影響力も多大であるが,それ故十分に読み解かなくてはならない。

 

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