世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.888

iPadも電気が無ければただの板

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2017.08.07

 AIという言葉を毎日見聞きする今日この頃である。7月22日放送のNHK・Nスペ「AIに聞いてみたどうすんのよ!? ニッポン」の出来の悪さは既にネットで多々議論されているので省く。しかし,因果律を理解しないで番組をつくるとは,なんと大胆な組織なのだろう。文系・理系の問題ではなく,対象を正しく理解せずに番組製作して放送する,さらにこれだけネット議論を賑わすことから,このNスペはフェイクとして秀逸である。水よりお湯が先に凍るとした「ためしてガッテン」以来のヒットである。

 なんとなく,メディアや経済界ではAIがバラ色であり,他方,人間を凌駕する怖さもあるという話ばかりが流布されている。FakeではなくHype。根源的に不可避で重要なことは,「AIを使うための電力は何処にあるか?」ということなのだが,読者の皆さんはこの議論を聞いたことがあるだろうか。

 コンピュータの計算速度は非常に早くなり,囲碁や将棋で人間に勝てるようになった。これは計算速度(処理速度と言います)が飛躍的に大きくなったことによる。’80年代のコンピュータは「クロックがメガになった」と喜んでいた。今はテラ(メガの百万倍)〜ペタ(メガの十億倍)である。クロック数とは演算処理装置(コンピューターチップ)内の周波数のことで,計算速度は基本的にクロック数に従う。並列処理,マルチ処理と言っても,それぞれの演算処理装置はクロック数で性能が決まる。

 さて,波のエネルギーは周波数に比例する。厳密にはもっと複雑な表現になるが,ここではこの理解で十分話しができる。コンピュータを駆動する電気も波(矩形波)なのでクロック数を大きくするにはそれだけ大きなエネルギー,即ち電力を必要とする。さらに,大きなエネルギーを持つ電気が微細な回路の隘路を通るので抵抗が大きくなり発熱し,消費電力が大きくなる。パソコンやスマホが熱くなる経験をほとんどの方がお持ちと思う。つまり,非常に高速な処理を行うAIは大きなクロック数が必要,即ち,大きな電力が必要である。パソコンや電子機器の増加や家電を新型に取り替えたために自宅の契約電力を大きくした方も多いと思う。昔は,サザエさんに登場するように「電熱(電気コンロ)の使いすぎ」が問題であったが,今は電子機器の使用が各家庭で問題となる時代である。

 囲碁や将棋のAIは並列計算処理を行うので,結構大きな電力を使っている。成人の1日の平均食事量を電気的に書くと2.3kWhぐらいである。概ね大型電気冷蔵庫1.5日分である。人間は割と効率的にできている。棋士とコンピュータの消費エネルギーを数値で比べたものは見当たらないが,人間と同じエネルギー消費量という条件を加えたらクロック数は昔のレベルになるので能力激減,AIはそれ程強くないのではないか。

 AIと同じようなメディア的Hypeは電気自動車EVでも見られる。冷静に数字を見ていくと数々の疑問が浮かび上がってくる。石油連盟によると,石油の用途別で自動車用が37.6%,発電用が15%である。我国のエネルギーが石油に大きく依存していることから,EVへの転換にはエネルギー政策の全面変更が必要となる。電力需要増加に再生エネルギーを整備すると言っても,AIは安定電源が必須であり不安定電源では狂ってしまう。つまり,AIは安定電力の供給上限が使用限界であり,EVは総電力供給力の上限が普及の限界である。

 このように,今後AIが飛躍的に普及するには多大な電力源が要求される。電気自動車も然り。AIの開発促進で経済を活性化させると識者や政府が唱えるが,そのための電力はどこから持ってくるのであろうか。現実的には再生エネルギー以外の安定電源開発を行い,送電網を整備する必要がある。どちらも社会インフラなので,10年単位を要する公共工事である。AIとEVへの移行と電力供給整備に時間ギャップが存在していて,これを解決しないとAIはただの板,EVはただの箱になる。拙著で常々指摘するが,経済を支える土台は誰かが作らなければならず,その整備と投資計画無しでの新技術導入期待は絵に描いた餅である。

関連記事

鶴岡秀志

資源・エネルギー

科学技術

最新のコラム