世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.874

世界の自動車業界を取り巻く環境とIT・テクノロジー

池上重輔

(早稲田大学商学学術院 教授)

2017.07.17

 自動車市場は2015年時点で総付加価値額が450兆円(注1)と予測される巨大産業で,そのうち資材・部品・完成車は約240兆円と言われており(注2),その裾野の広さともあいまって重要な産業である。その自動車産業は大きな変革の波に直面しており,既存の自動車業界内のプレイヤーのみならず周辺の様々な業界を巻き込んで業界の再定義が行われようとしている。その自動車業界の再構築における主なキーワードは人によって言い方は異なるが,①オートノマス(自動運転)②コネクテッド(ネットワーク化)③エコロジー&エネルギー(持続可能な動力源)④シェアリング(共有化)があげられよう。顧客の嗜好変化も挙がられうるが,顧客の嗜好変化は相当程度上記の4要素の影響を受けていると考えられる。自動車業界が抜本的に変革する可能性があると思われていることから,自動車ではなく"モビリティ“という言い方で業界をより柔軟に広くとらえようという傾向も見られる。

 未来のモビリティではIT・AIなどが鍵になってくるという認識がひろまっており,各社IT・ソフトウエアエンジニア・AIエンジニアの採用に注力している。キー・パーソンを外部から活発にヘッドハントしており,例えばトヨタは2016年に米国に設立した人工知能(AI)の研究開発会社の幹部に,米グーグルのロボット開発部門の責任者を引き抜いている。日産は2016年にノキアから引き抜いた人材をコネクテッド・モビリティの責任者に据えている。興味深いのはこれまで自動車とは無縁だったIT企業がモビリティ事業に大きな興味を見せている点である。アップル,グーグル,マイクロソフトを含む著名なIT系企業がコネクテッド・モビリティのスタディや投資を行っているニュースを目にする機会は少なくない。

 これからのモビリティ事業を考える際には,全くの業界外のプレイヤーが主導する再編の可能性を頭に入れておく必要があるだろう。2017年7月初旬時点で自動車専業企業の中で,時価総額が10兆円を超えるのはトヨタ(時価総額:20兆円)のみである。次に時価総額が大きいのは販売台数で最大のVWで8.8兆円,ダイムラーは8.7兆円,BMWが6.8兆円,SAICが6.2兆円,GMが5.9兆円,ホンダ5.6兆円,フォード5兆円,日産4.8兆円。自動車業界の時価総額では10番目であるヒュンダイが3.6兆円である。プジョーで2兆円,三菱自動車,マツダは1兆円前後である。

 一方でIT大手の時価総額はアップルが84兆円,アルファベット(Google)が72兆円,マイクロソフトが60兆円,Amazonが52兆円,Alibabaが41兆円,Tencentは37兆円,Oracleが23兆円,Baiduは7.2兆円などで時価総額の桁が違っている。最近アマゾンがスーパー大手のホールフーズを137億ドル(約1.5兆円)を現金で買収したニュースは記憶に新しいかと思う。企業買収のためのPEファンドに集まる資金規模は世界で3000億ドル台(34兆円程度)(注3)になっており,大型の買収を支える環境ができてきていることもあわせて考えると,こうした自動車業界外のIT系プレイヤーが自動車専業メーカー大手を買収して“モビリティ”業界で一気にルールを書き換えに来る可能性は少なくないように思われる。中国で自動車メーカーが100社以上あり,米国でもEV車メーカーがいくつも存在するなか,淘汰を経てIT企業の丁度よい買収先として残ってくる企業も複数社出てくるだろう。自動車専業メーカーもコネクテッド・オートノマスなどの環境変化への対応はしているのだが,このように圧倒的に大きくなった間接的な競走相手が異業種から出てくることをつい最近まで意識していなかったのではないだろうか?

 自動車業界で戦略を考える際には,全くの異業種が大手自動車メーカーを買収した場合の大型再編パターンをシナリオに入れて考察する必要がある。自動車専業メーカーはこれまでの自社グループを超えてコネクテッド・オートノマス・動力源のプラット・フォーム戦略を構築する必要が出てくるだろう。そう考えると日産・ルノーが複数の国をまたいでグループを構築していることは優位性の源泉になりうるかも知れない。その実行を適切にコーディネートするのも大変だろうが,異文化間でのアライアンス・マネジメントの経験を蓄積してきた日産は潜在的にはその能力がある。一方でダイムラーなどもそうしたプラット・フォームの展開を急いでいる。機能的によいプラット・フォームを作るだけでなく,情緒的にもそれに乗りたいと相手におもわせるようなコミュニケーションが必要となるだろう。歴史的に見るとダイムラーは顧客向けにプレミアム名イメージをコミュニケートするのは上手いが,ビジネスパートナーに共感力を持ってコミュニケートする能力は未知数である。

 今後の自動車業界を考えるには上記のようにこれまでとすこし違った視点が必要になってくるだろう(注4)。

[注]
  • (1)付加価値額=売上高―売上原価として簡易に算出したデロイト調査から
  • (2)“モビリティー革命2030” デロイト トーマツ コンサルティング
  • (3)CVCキャピタル・パートナーズ日本法人会長車谷暢昭氏のインタビューから(日本経済新聞2017年6月19日)
  • (4)こうした業界を超えて大きな影響を与える傾向は自動車業界以外でも見られ、例えばIT業界と金融業界の間でもあるのだが、それは別の機会で論じたい。

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