世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバルリーダーシップとアート
(早稲田大学 教授)
2020.07.06
昨今の日本のビジネス界では教養・リベラルアーツが静かなブームとなっている。アマゾンのビジネス分野で“教養”関係の本は1000冊以上がリストアップされ,週刊ビジネス誌でも毎年教養関係の特集号が出されている。筆者が関与する上級企業幹部向けのプログラムでは半数以上の企業から教養系のテーマを加えてほしいとの要望をいただく。確かにGardner(1990)も“With higher education’s movement toward specialization, only the liberal arts background provides the broader educational experience essential to leadership”と言っており,Liberal Arts(教養)がリーダーに必要な幅広い経験をもたらすことは国内外でも共有されている。
欧州委員会との契約で欧州企業から派遣された日本法人の幹部候補者を教育するエグゼクティブ・プログラムの責任者を10年ほどしていた時に,その欧州の幹部候補者と日本企業の幹部育成プログラムとの合同セッションを何度か行った。合同セッションを通じて,ビジネステーマの議論ではある程度欧州のビジネスパーソンと互角に議論ができる日本人幹部層が,自国の歴史的,政治的,宗教的背景を語るリベラルアーツ系のテーマになったとたんに大きく劣後するように見えたのである。こうした経験を他の日本企業も経てきたことが昨今の教養・リベラルアーツブームの背景にあるのではないかと想像している。
教養には歴史・哲学,政治,科学等の多様なテーマが含まれるが,その中で筆者自身も時折扱いに悩むのがアートである。歴史・哲学,政治,科学などはある程度定義が定まっていて,どのように身につけるかも一定の方法論があるように見える。しかし,アートはその定義,目的,扱い等に必ずしも一定のコンセンサスが無いようなのだが,アート及びアート思考は近年一定の注目を集めている。その背景としては,これまでのビジネスでは問題解決が主要な論点で,経営大学院等でもどのようにマネージすればよいか(HOW)を中心に教えてきたのだが,現在のビジネスではそもそも何をすべきか(WHAT)を,なぜそれをするのか(WHY)と合わせて見直すことが主要な論点になってきたことがあるように思われる。こうした時に人はアートに,言葉にできない何かを期待しているのではないだろうか?
ビジネスにおける“アート”の活用には芸術作品としてのアートの活用と,アート的な思考の活用の2つがあり,具体的には1)マーケティングにおけるアートの活用,2)組織開発におけるアートの活用,3)創造性とイノベーションにおけるアートの活用,等が挙げられる。
2020年5月29日の日経新聞高校生向け特別版には“アート思考”が大きく掲載されていたが,そこで提示されていたアート思考の定義は“興味の種を見つけ,探求の根をじっくり伸ばしてゆくこと”であった。芸術思考協会HPには,“人が芸術を生みだすときの思考,特に,芸術家が芸術を生みだすときに使っている思考プロセスを活用して,豊かな生き方やビジネスを創造する。芸術家が作品を生みだすときのように,自分の感情を重視し,人と共鳴することで,新しいモノを生みだしていく”。う~ん,なんだかよくわからないと思う方が多いのでは? 私もアートやアート思考にぼんやとした期待とよくわからなさを感じていた中,先月“アートXビジネス”シンポジウムのコーディネータを仰せつかり,某美大の学長,美術雑誌の編集長,アートのビジネス適用の実践者の3名とアートとビジネスの関係を2時間ほど語り合う機会をいただいた。
多様な意見が出たのだが,比較的みなの合意を得たように見えたのは,“経営者はアーティストに似ている”。世界的に,アートに造形が深いトップ経営者は多いが,経営者がアーティストに似ているというのは,経営者は情報を合理的に分析し多様な理論を活用して考察する合理性も重要だが,すべての情報がそろうわけでもなく複雑系で環境が変化する世の中では合理性だけでは意思決定できない。根源では言葉にしきれない自分の感覚を大事にした大小さまざまな決定の連続で生きている。それがアーティストに似ているということである。
なるほど,経営者はサイエンティストでもあるがアーティストでもあることが求められるのならば,やはり“アートは”グローバル・リーダーに必須なのである。そうであればただでさえ険しいグローバル・リーダーへの道を少しでも楽しくすることも可能なのかもしれない。
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