世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.865
世界経済評論IMPACT No.865

英国総選挙結果とBrexitの行方

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2017.06.26

 6月8日に実施された英国下院選において(650議席),与党保守党が第一党の座は維持したものの,過半数を割り込む一方,コービン党首率いる労働党は議席を大幅に上積みし躍進した。メイ首相は,Brexit交渉における主導権を確保すべく,政権基盤強化を狙い,選挙を前倒しする賭けに出たが失敗に終わった。

 選挙の敗北に対し,保守党内ではメイ首相の責任を問う声が強いが,党首選や再度の下院選は,選挙後の支持率調査で保守党を逆転した労働党を勢い付かせる恐れが強いとして,「当面の続投」が党内のコンセンサスだ。保守党は北アイルランドの保守派地域政党DUP(民主統一党)の閣外協力で過半数確保を目指している(計328議席)。

 国民投票後1年を経て,英国民の7割はBrexit自体は受け入れているが,「離脱の形」をめぐっては意見が未だ収束していない。保守党内では,ヒトの移動の制限や主権回復を重視し,協定無しの離脱も辞さないEU懐疑派を中心とする「強硬な離脱派」と,一定程度のヒトの移動の制限は認めつつも,経済を重視し,単一市場へ最大限のアクセス確保を目指す,親EUの「穏健な離脱派」の主導権争いが激化している。閣内でも,デービス離脱担当相が,「国境管理を取り戻すため,関税同盟から離脱する」と主張する一方,経済界の意見を代弁するハモンド財務相が「離脱に際して経済重視を」と訴える等,不協和音が目立つ。しかし,求心力が著しく低下したメイ首相には,意見の集約と交渉方針の確立は困難だ。

 6月19日,英国のEUからの離脱をめぐる初交渉が行われ,①「離脱協定」交渉を先行して行い,大幅な進展が見られたとEUが判断した時点で包括的FTA等,将来の関係を定める「将来協定」交渉を開始する「段階的アプローチ」をとること,②在英EU市民と在EU英国民の権利保全,英国のEUに対する清算金支払い,アイルランドと北アイルランドの国境管理等を優先課題とすること,等が決定された。

 7月以降,交渉が本格化するが,英下院選後の混乱を背景に,選挙前と比べるとBrexitについて想定しうるシナリオの範囲が大幅に広がり,実現までの経路も複雑化している。

 「離脱協定」交渉の期限である2019年3月までを視野に入れた場合,Brexitの行方として5つのシナリオが考えられる。労働党政権誕生への警戒と,微妙な保守党政治力学を背景にメイ首相が続投するシナリオが2つ,メイ首相の求心力低下に歯止めがかからず,「メイ降ろし」と保守党党首選を経て,新首相の下で世論,労働党の党勢を見極めた上で次期下院選が実施されるシナリオが3つだ。

 まずメイ首相が続投する場合だが,①「穏健な離脱」方針で超党派の合意形成に取り組み,保守党内の強硬な離脱派の封じ込めに成功するシナリオ,②穏健な離脱派と強硬な離脱派の狭間で機能不全に陥るシナリオ,の2つが想定される。①の場合には,英EU双方による柔軟な交渉が可能となり,ヒトの移動の自由の制限は限定的なものとし,代わりに金融や一部サービス分野を除けば,財分野では現状に近いアクセスを確保できる「スムーズで秩序ある穏健なBrexit」となろう。ただし,②の場合には,「離脱協定」や「移行措置協定」無しの「無秩序なBrexit」となる恐れがある。

 次に,メイ首相が退陣,党首選を経て新首相の下で次期下院選が実施される場合だが,③ラッド内相,ハモンド財務相等の穏健な離脱派が新首相となり,下院選で安定多数を獲得するシナリオ,④ジョンソン外相,デービス離脱担当相等の強硬な離脱派が新首相となり,下院選で安定多数を獲得するシナリオ,⑤穏健派,強硬派のどちらが新首相となろうとも下院選で再びハングパーラメントとなるシナリオ,の3つが想定される。

 ③の場合には,穏健な離脱派首相の下で,単一市場への最大限のアクセス維持が図られる結果,①と同様の結果が得られるだろう。④の場合には,大規模な移民制限が実行される結果,単一市場へのアクセスにも相当程度の制限が加えられるだろうが,移行措置協定は結ばれ,「秩序あるBrexit」となろう。⑤の場合には,②と同様,「無秩序なBrexit」が懸念される。

 これらのシナリオの蓋然性は,今後2年弱の3つの要因に応じ変化する。

 第一に英国の国内政治だ。保守党内で穏健な離脱派が勢いを増しているが,一方強硬なEU懐疑派が40〜50人存在する。「メイ降ろし」と,世論の動向にも注意が必要である。第二に英国及びEU景気の動向だ。英国景気はポンド安による物価上昇を背景とした実質所得の下振れにより鈍化している。一方,ユーロ圏景気は底堅さを増しており,景気局面の差はそれぞれの交渉方針に影響するだろう。第三にEUの国内政治だ。EU懐疑派の台頭に直面し,「離脱ドミノ」を恐れるEUは,英国に対し厳しい交渉姿勢を示してきたが,蘭,仏,独,伊等主要国の選挙においてEU懐疑派の勢力伸長が抑えられた現在,EUの交渉戦略が軟化する可能性もある。

 交渉の先行きは,不透明感が強く,こうした要因を予断を持たずに注視していく必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article865.html)

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