世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.864

北朝鮮,今そこにある危機:米国の対中交渉と朝鮮半島戦略目標

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2017.06.26

 本年4月の米中首脳会談は,今から振り返ると,実に面白い会談だった。何故面白いのか…。北朝鮮問題を軸に,この会談の意義を映画のシナリオ風に考えてみよう。

 仕掛け人は北朝鮮の金正恩委員長。発端は2月の安倍・トランプ首脳会談。その最中に北朝鮮が弾道ミサイル発射実験を行った。「日米への牽制」とマスコミは報じたが,もっと厳密にいうと,金委員長が米国のトランプを挑発したのだ。

 これに,トランプは「米国は100%日本とともにある」と応じた。言い換えると,トランプの関心を引くことに成功,となる。

 そして,第二幕が,2か月後の米中首脳会談。場所も同じ,トランプのフロリダの別荘。この会談に先立って,トランプは「北朝鮮問題解決に中国が協力すれば,貿易問題はもっと簡単なものになる」と事前にツイッターで予告した。北朝鮮問題が第一,そんなトランプの関心の強さが伝わってくるではないか。

 ドラマは益々高揚する。トランプは,フロリダに向かう大統領専用機の中からシリア爆撃を命じ,成果を習主席との昼食会,厳密に言うと,食後のデザートの時間に,来賓に直接伝える。唖然とする習主席。10秒の沈黙の後,通訳に「もう一度言ってくれ」と促した。そのやり取りを,事後,逐次,ツイッターで公表したトランプ。こうしたやり取りは,外部には,米中首脳の間での会談でトランプが一方的に押しまくった印象を与えた。

 しかし,果たしてそうだっただろうか…。5月に入って漏れ出てきた数多くのニュースから,会談の実態を推し量ると,実に内容が豊富だった様に思われる。大きなテーマは3つ。貿易と南シナ海と北朝鮮。

 貿易問題は100日間の先送りで取りあえず手打ち(100日計画)。残り2つの問題の内,トランプは,(金委員長の誘いに刺激され)北朝鮮を優先した。

 北朝鮮問題では,トランプは習に4点を説明。それらは,①北の体制転換は求めない,②金正恩政権の崩壊は求めない,③38度線は尊重する,④朝鮮半島統一は急がない。会談の後,ティラーソン国務長官は別の講演の場で,北朝鮮問題の“戦略”目標は「朝鮮半島の非核化だ」と明かしている。

 その後の展開は,これらのニュース報道が概ね正しいことを証明している。中国が対北朝鮮経済制裁で同調路線に転換(習主席は,制裁発動まで100日の猶予を求めた,との報道さえある。また,秋にはトランプ訪中で合意とも…),対して,米国は朝鮮半島沖で米韓合同軍事演習を済ませてシンガポールに戻っていた空母カール・ビンソンを再度北上させたが,その航路は南シナ海を避けてのもの。6月に入っての軍事演習海域は黄海ではなく,日本海だった等など。いずれも,中国の米国同調と,米国の対中配慮の双方が染み出たものだった。

 日本も米国への心遣いを見せた。西太平洋を北上する米空母に,日本は海空自衛隊の合同演習で応じた。つまり,安倍総理がここで,「日本は米国とともにある」とのメッセージを送ったことになる。

 しかし,現実的に見ると,こうした米中交渉・暫定合意の過程で,当初の戦略目標が大きく変わって行く。

 かつて,故永井陽之助氏は,戦略の本質とは何かと聞かれ,「自己の持つ手段の限界に見合った次元に,政策目標の水準を下げる政治的英知である」と喝破された。この指摘を,今回の米中首脳会談に当てはめるとどうなるか…。トランプは習に4点の基本方針を伝えたとされるが,そこに全ての含意が凝縮されている。

 この4点は,自ずと北朝鮮にも伝わる。聞いた金委員長はほくそ笑む。「幾ら脅しをかけてきても,米国は北の体制を転覆させようとも,金王朝を崩壊させようとも思っていない。そうした意思を中国に伝えたことは,違約すれば中国を決定的に怒らせることに通じる」。つまり,金は米国の軍事的威嚇を脅しとは取らなくなり,むしろ威嚇の限界と取り始めたのだ。故に,問題が長引く印象が出始める。

 言い換えると,米中交渉によって,北朝鮮対処戦略の目標が2つに枝分かれした。一つは朝鮮半島の非核化(これまで通り),二つは,“出来る範囲での”米中協調。この二つを併存させる,そこに無理が出てくる。

 つまり,第一の目標を達成するための,米国の手段に明白な制約が出てくるわけだ。これを“政治的英知”と呼ぶかどうかは別として,永井氏が指摘したように,戦略目標の水準を下げざるをえない事態となってきたのだ。日本政府関係者が,ここにきて,「朝鮮半島非核化ではなく,米国は核開発凍結で手を打ってしまうのではないか」と恐れ始める所以である。

 米国が手詰まり感に襲われ,韓国が北との対話を拒否する立場にない中,対中関係で日本も何か手を打っておかないと…。二階幹事長が訪中,訪韓し,中国の楊潔俿国務委員が訪日,その彼と安倍総理が会い,谷内国家安全保障局長官が楊委員と箱根で5時間も会議する。上野動物園のパンダ出産すら,そういう材料に使われようとしている。日本なりに中国や韓国との間合いを測っている姿がそこにある。

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