世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.837

コア事業で培った資源の応用可能性

髙井透

(日本大学商学部 教授)

2017.05.15

 多くの企業が,コア事業の成熟化に苦しんでいる。そのため,新規事業の創造は多くの企業にとって焦眉の課題となっている。しかし,新規事業の創造を成功裏に行うことは簡単なことではない。組織内部での資源の蓄積と配分の転換,それに伴う事業システムの変革などが必要になるからである。

 とくに,数百年も続く老舗企業などの場合,長い伝統の中で蓄積した経営資源は強みである一方,新規事業を創造する場合には,その資源が負の遺産となるケースも多い。つまり,長い事業展開の知恵が新規事業のネックになる可能性が大きいということである。例えば,高度経済成長時代のシンボリックな産業である銅山開発の名門老舗企業,DOWAは,かつてコアな銅山開発事業が衰退していく中で,コンサルタントの提案もあり,市場に近い川下での新規事業を展開した。ところが,市場に近い事業での経験がないため,ことごとく新規事業は失敗に終わることになる。そこで,既存資源の見直しを通じて,銅山開発で培った技術を環境分野やリサイクル分野に応用することで,企業危機を脱したのである。富士フイルム(以下,富士)も,フィルムの需要が急激に減少していくなかで,化粧品などのヘルスケア事業分野へ,フィルムで培った技術を応用することで新規事業の創造に成功している。

 DOWAや富士のように,危機を持って企業の千載一遇のチャンスとすることは簡単なことではない。危機的な状況に陥った時には,往々にして企業は長期的視点を失い,自社が持っている資源で,何が使えて,何が使えないかを冷静に判断する機会を失うからである。そのため,多角化した企業が持続的に成長するためには,コア事業が健全なうちに新しい事業を創り出していくことが必要である。とはいえ,企業規模が大きくなればなるほど,また,事業の歴史を積み重ねていけばいくほど,新規事業の創造は難しくなる。

 老舗でありながら,本業のコア事業からうまく多角化を成功させてきたのが,設立からすでに100年を超える繊維分野の老舗企業,グンゼである。今日ではコア事業である繊維事業をベースに,プラスチックフィルム事業,電子部品事業,医療事業など多様な分野に事業展開している。

 グンゼの新規事業創造には,明確な3つの原則がある。第1の原則は,本業に近すぎる領域では意味がないが,遠すぎれば投資コストが掛かりすぎるので,「飛び地に出ず,少しだけ知見のある領域に参入する」。第2の原則は,既存の技術やノウハウを組み合わせれば,新分野でも革新が起こせるので,「自社の強みを掛け合わせる」。第3の原則は,現業が好調なうちであれば,新規事業の失敗も許容できるので,「新規事業の育成は現業が好調なうちに実施する」。この原則をベースにグンゼの多角化は自然な流れの中で行われてきた。

 しかし,グンゼの新規事業の中でも異質なのが医療事業である。30年以上前の異業種参入というのは,きわめて希有な事例と言えるものであった。しかも,最初に参入を意図したのが,医療分野ではクラス4(高度管理医療機器)と言われる体内で溶ける縫合糸と不織布の開発であった。縫合糸や不織布は,既存の繊維分野であることから,既存の技術とシナジーが効く分野ではあった。しかし,当時,体内で溶ける縫合糸や不織布の開発は,日本の大手メーカーでもリスクが大きいため,参入していない分野であった。この難しい分野への参入が,結局は,グンゼに大きな競争優位性をもたらすことになる。というのも,最初に難しい分野に参入したからこそ,大きな技術的課題をクリアし,後に他の企業の追随を許さないことになるからである。また,縫合糸や不織布という製品特性が新規事業の成功を後押した。不織布や縫合糸というのは,病院の多様な部門で使用されることになるからである。そのため,規模的にはニッチ市場であっても,各部門の需要をトータルするとそれなりの規模になる市場であった。つまり,事業としての波及効果が大きかった。

 グンゼは現在,衣料と医療を結びつける「衣療」という新しいコンセプトを開発して,新しい分野の開拓を意図している。グンゼがこの分野に目を付けた理由は,下着と医療の関係については医学的に研究が十分になされてこなかったからである。つまり,衣料と医療をリンクすることで市場に新しい価値を提供できると考えたのである。グンゼは現在,肌の弱い方向けに「メディキュア」という商品シリーズを市場に送り出している。

 それでは,グンゼの事例から新規事業創造について学ぶべき点を簡単に整理してみよう。学ぶべき第1の点は,競争・市場環境の変化に対応したコア資源の価値の見直しである。技術をはじめとして,長い事業展開を通じて蓄積した資源の価値は,簡単に減ずるものではない。問題はその資源を,どのように活用するかということである。つまり,どのようにして新しい市場への出口を見つけるかである。グンゼだけではなく,DOWAや富士の事例からもわかることであるが,コア事業とコア資源の成熟化は同一ではないということである。

 学ぶべき第2の点は,新規事業に対する明確な原則を持つということである。原則があるから,トップが交替しても新規事業に対する変わらぬ姿勢を一貫して持つことができる。リスクが高い新規事業であればあるほど,改めて一貫した原則の必要性が理解できる。事実,グンゼの新規事業はすべて,前述した3つの原則がベースになっている。

 学ぶべき第3の点は,異業種分野での新規事業の可能性である。異業種での参入は,競争・市場構造がまったく異なるために,参入が難しいと言われている。しかし,異業種からの参入であるがゆえにメリットもある。業界の常識に縛られないからである。そのため,市場のニーズを素直に見ることができる。「衣療」という新しいコンセプトは,もちろんグンゼのメディカルと繊維事業の資源がベースにあるとはいえ,異業種からの参入だからこそ生み出されたコンセプトであり,また,異業種から参入したからこそ,医療分野において常識を逸脱したクラス4からの参入を可能にしたとも言える。

 最後の学ぶべき点は,新規事業に対するストーリーを明確にするということである。新規事業の場合,黒字に転換するまでに5年間ぐらいの月日を有することが一般的である。その間,黒字に転換するまで組織のプレッシャーに耐えなくてはならない。そのため,参入に成功した場合の市場規模を含めたストーリーを組織に対して明確に述べることが必要になる。グンゼが参入した縫合糸や不織布などの場合,規模自体がニッチでも,医療機関の多くの部門に入り込めるという点において,市場規模をストーリーとして組織全体に話すことが可能であった。

 アライアンス,買収などの外部資源活用の有効性が説かれる昨今,あらためて今まで蓄積した資源の発見と活用方法の重要性を,本稿の事例は示唆していると言えるのである。

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