世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.812

戦略…って何だろう?

今井雅和

(専修大学 教授)

2017.03.13

 言葉で表現された概念を名辞というらしい。まずは概念ありきで,名辞はそのストレートな表現なのか,それとも名辞が概念に影響したり,概念自体を形作ったりするのだろうか。少なくともいえることは,コンテクストフリーの環境はないので,何らかの形で名辞(表現)が概念を規定することは確かであろう。戦略あるいはストラテジーはそうした概念の1つではなかろうか。

 日本で「戦略」という表現が一般に使用されるようになったは,1980年代にM.ポーターの経営戦略論が紹介され,大前研一が『ストラテジックマインド』が出版されてからであろうか。元来,政治や戦争用語であった戦略が,経営学の一分野(経営戦略論)として,あるいは企業経営におけるキイワードとして脚光を浴びるようになった。

 今では「戦略」は巷にあふれ,この言葉は日常用語として使用されているようになった。曰く,恋愛戦略,結婚戦略,就活戦略,キャリア戦略などなど。はたして戦略とは何か。近く戦略系の学会で研究報告をすることになり,塩野七海の『ギリシャ人の物語』のなかにストラテジーの語源であるストラテゴス(政治軍事指導者)に関する記述を見つけ,戦略について考えてみたくなった。3点に絞って私見を述べてみたい。

1.戦略の対象は何か?

 筆者が駆け出しの実務家であったころ,職場では新たな市場の開拓と新規受注について,「顧客の攻略」と表現することがあった。そのことを英文化する際に,「山頂アタック」が念頭にあったためか,単純に”to attack new clients”と表現したところ,ネイティブスピーカーから顧客を倒してどうするのか,顧客は”attract”する対象であるとアドバイスされたことがある。また,大手コンビニ経営者へのインタビュー記事の「自社はライバルとされる他のコンビニチェインの動きにはほとんど注意を払っておらず,自分たちが見ているのは顧客の動向である」というコメントが印象に残っている。ビジネスの世界で,自社が主に相対するのは顧客と同業他社であるが,筆者の誤りやインタビューアーの質問の背景には顧客とライバルの混同があるように思われる。

 一般的な用語になる以前は,戦略は専ら戦争に係る概念であった。マキアベリが「戦略」を”art of war”と翻訳し,クラウゼヴィッツは「戦略の旨とするところは,戦争の目的を達成するために戦闘を使用することにある」と述べた。日本でも,ストラテジーは戦争術,兵術,兵学といった名称で表現されてきた。こうした”military strategy”と区別し,日本では”strategy”に,例えば「方略」を充てる考えもあったという。しかし,経営(学)によって一般用語として普及したのは「戦略」であった。この「戦」の文字によって,”attack”すべきライバルと”attract”す(取り込む)べき顧客の混同が発生するのではないか。

 ただ,冷静に考えてみれば,”strategic management”はもともと倒すべきライバルを前提としたわけではない。組織は組織目的(goals)を共有する人々によって構成され,その目的を具体的な目標(objectives)に落とし込み,その達成を図ることで組織は成立する。ただし,どのように目標をクリアし,目的を果たすかの道筋は1つではない。自らの組織の存在意義と価値観に照らし,どの道を歩むべきか,その選択こそが戦略なのである。このように考えれば,M.ポーターのポジションニング学派やゲーム理論学派のようにライバルとの関係において競争優位を構築しようという場合はどうしてもライバルとの関係に目が向きがちである。静的・動的資源ベース学派においては顧客の動向に注意を払いつつ,いかに自らの能力を蓄積するかがポイントとなる。マーケティングのように,ユーザーニーズや市場の動向への対応が重要な領域では,ライバルよりも顧客に着目することが必要である。

 ただ,いずれの場合も,組織目的,目標の達成を図る(それらを明確にする)ことと,そのゴールに近づくために,長期的かつ全体を見渡した道筋を選択し,実行することであることには変わりない。そのように考えると,戦略の本質の一端が理解されるのではないか。

2.戦略を階層に捉えるとは?

 かつて化粧品メーカーの男性用品にTACTICSというブランドがあった(ウェッブで検索すると,現在も残っているらしい)。学部生時代,国際関係論のゼミで戦略と戦術(tactics)の違いについての説明を受けた記憶がある。詳しいことは忘れたが,戦術はせいぜい1年以内,戦略は短くとも5年以上のスパンで立案し,実行すべきプランという説明だったと思う。戦術は戦略の下部概念であり,一つひとつの戦術の組み合わせによって戦略の良否が決まる。戦術も戦略に劣らず重要である。しかし,「戦略」の普及に比べ,戦術が経営や一般用語として使用されることは稀である。実体とは無関係に「国際」よりも「グローバル」が使われる論理と同じなのかも知れない。

 経営戦略論の教科書では戦略の階層性について,全社戦略,事業戦略,機能別戦略と説明される。全社戦略は自社の事業をどのように優先付け,経営資源を配分するかということである。事業戦略は,競争環境のなかでそれぞれの事業が存続するためのマスタープランであり,競争戦略と同義語である。機能別戦略は,研究開発戦略,生産調達戦略,マーケティング戦略,人的資源戦略,財務戦略のような職能別の施策である。

 先に述べたように,戦略が組織目的,目標の達成のための計画と実行であるとすれば,戦略の階層性は問題にならないと思われるかもしれない。しかし,重要性とタイムスパンを考慮し,「戦略」を階層的に整理することで,それぞれの戦略を優先付けが可能となる。それこそが戦略的な思考ではないか。筆者の感覚でいえば,各機能に「戦略」が必要なのかということになる。「戦術」という用語が策略的なニュアンスで不適切というのであれば,施策で十分と思われるし,だからといって重要でないとはならないのである。

 複数事業を保有する会社であれば,全社戦略が大戦略(グランドストラテジーでも良いが),事業戦略を戦略と呼べば良い。単事業や主要事業の比率の高い会社であれば,10年単位の戦略が大戦略,5年単位を戦略と称してはどうか。

 用語にまつわることで,個人的な感覚から細かな議論を展開しているように思われるかもしれない。それは,あらゆることに「戦略」が使用されるようになり,「大戦略」は何かという思考とそれに伴う行動がおざなりになり,足許の施策やせいぜい数年単位の戦術に集中し,それを「戦略」と述べているだけではないかという危機感からである。これは,企業経営のみならず,その他の多くの領域で散見され,懸念されることである。

3.戦略的思考?行動と戦略は一体!

 紙幅はすでに尽きている。最後の論点は結論から述べる。それは,戦略は行動と一体だということである。戦略は実行しなければ意味がない。戦略は組織目的と目標を達成するための手段なのだから当然である。そして,たとえベストアンドブライテストによるプランであっても,ライバルあるいは市場との相互作用のなかで修正を迫られる場面に遭遇することがしばしばである。このことを前提に,必要に応じて戦略を修正する勇気を持つことも大切である。

 神戸大学経営学部の開設科目に「経営戦略」はあるが,ほとんどの大学で一般的な「経営戦略論」はないという。理論をおろそかにする意図はないと思われるが,学者の議論やコンサルタントの美しい処方箋の作り方を教授するのではなく,戦略の作成法や読み解き方がテーマの科目だからである。一に戦略家の育成に主眼があるからであろう。戦略的な思考は重要であるが,実践しない戦略はありえない。そのことを意識してのことではないかと思われる。

[参考文献]
  • クラウゼヴィッツ著・篠田英雄訳(1968)『戦争論(上)(中)(下)』岩波文庫。
  • 神戸大学経済経営学会編(2011)『ハンドブック経営学』ミネルヴァ書房。
  • 戦略研究学会編(2009)『経営戦略の理論と実践』芙蓉書房出版。
  • 野中郁次郎ほか(2005)『戦略の本質』日本経済新聞出版社。
  • 野中郁次郎編著(2013)『戦略論の名著』中公新書。

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経営学

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