世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ大統領の「アメリカ第1」はアジア新興経済をどこに向かわせるか
(国士舘大学 教授)
2017.02.27
トランプ・アメリカ大統領誕生で世界は揺れている。「アメリカ第1」を唱えた新大統領は,TPP離脱,メキシコ国境の壁建設,イスラム系7カ国国民の入国禁止などの大統領令を次々と発して,国内はもちろん世界に混乱と対立をもたらしている。他方,中国の習近平国家主席は,トランプ大統領誕生の直前,スイスで開催されたダボス会議に出席し「開かれた経済」を表明し,自由主義経済の堅持を訴えた。政治的にも経済的にも極端な保護主義に向かうトランプのアメリカは今や自由主義の立場を中国に譲っている。日本はといえば,安倍首相がトランプ新大統領と首脳会談を実現させ,共同声明で同盟強化を謳った。トランプ・ショックは国際政治経済を劇的に不安定化させ,各国経済と世界経済に先の見えない状況を創り出している。
小論の目的は,保護主義を声高に叫ぶトランプ大統領誕生が東アジア新興国にどのような影響を与えるか,それを考えることである。
トランプ大統領は東アジアに何を求めるだろうか。これまでの「アメリカ第1」の主張から,彼には東アジアに関わって2つの信念を読みとれる。1つは,アメリカの白人労働者の職が中国,メキシコ,日本などの「不公正」な貿易政策とる国々からの輸入品によって奪われているというものである。もう1つは,「偉大なアメリカの復活」が経済的復権だけでなく,安全保障にかかわり軍事力の増強を目指していることである。中国は今や世界第2位の経済大国であり,軍事力を増強し,南シナ海への海洋進出を加速させている。トランプの外交政策はテロとの戦い,ISとの戦いと共に,「挑戦する中国」問題を避けて通れない。日本問題はそれに次ぐ課題である。新聞報道は,訪米した安倍首相が「中国への対応が今世紀の最大のテーマだ」と首脳会談で説いたと伝えている(日経,2017年2月15日)。安倍首相に言わせたこの認識は,実はトランプ大統領をして誕生早々の首脳外交に日本を選んだ理由であろう。ただし,アメリカが安倍首相と同じレベルで中国と対峙すると期待してよいか。アメリカは中国との大国間関係の余地も残しておくことができるからである。
彼は昨年12月にアメリカ大統領選に勝利すると早速,政権の通商政策トップにピーター・ナバロ・カルフォルニア大教授を選んでいる。ナバロは,中国を野蛮な権威主義共産主義国家として中国製品への45%の関税を主張する人物である。トランプ政権の陣容が固まれば,いよいよ対中交渉が始まる。アメリカの貿易赤字の約49%は中国貿易から生まれている。日本のこのシェアは約9%である。他方,中国の総輸出に占める対米輸出シェアは2015年で18%,対米輸入シェアは8%である。最近の輸出入の対米シェアは若干の低下傾向にあるが,中国にとってアメリカ依存度は極めて高い。この中国からの輸出品にアメリカは高関税を課す可能性が高い。もっとも,中国製品への高関税はアメリカの貧困層に打撃を与える可能性が高い。中国交渉はアメリカにとって困難な駆け引きとなるだろう。
それにしても,トランプ大統領が就任後最初に署名した大統領令がTPP離脱であった。しかし,思い出さねばならないのは,TPPの主要な目的の1つが中国対策であり,中国を外した通商ルールの策定であったことである。加えて2013年に成立した習近平体制がこのアメリカ主導のTPP交渉の圧力にさらされる中で誕生したことである。
習近平国家主席は,2013年には21世紀陸と海のシルクロード(一帯一路)構想を打ち出し,それを2016年に始まる第13次5カ年計画の対外基本政策とした。この構想は大国化した中国主導の国際的インフラ開発構想であり,資金的裏付けとして2015年には国際銀行としてアジアインフラ投資銀行(AIIB)と新開発銀行(通称BRICS銀行)が設立されている。AIIBには西欧先進国を含む世界の57カ国が参加しており,現在さらに30カ国の参加が予定されている。AIIBは早晩,出資国数で67カ国のアジア開発銀行(ADB)を上回る。
よく知られるように,先進国にあってAIIBへの不参加国はアメリカ,日本,カナダの3国である。そのカナダも2016年のうちにAIIBへの参加を決定している。日本では,中国の経済成長率が高成長から中成長に落ちる中で,中国の共産党政権とその経済の脆弱性に関心が注がれている。しかし,AIIBへの参加問題に見られるように,日米とその他の国々との間の対中認識にはかなりの違いがある。この差はどこから生まれるのだろうか。
2016年,ヨーロッパでは,イギリスのEU離脱問題に揺れ,EU統合は危機にある。テロの脅威とEUへ押し寄せる難民の群れはEU内に民族主義,排外主義勢力を台頭させている。だが考えてみると,テロの問題は,ソ連の崩壊後,共産主義とのイデオロギー闘争に勝利したアメリカが中東,中央アジアで行った軍事介入が大きな契機であろう。テロとの戦いは難民を生み出すが,雇用も発展も生まない。ところが,「一帯一路」はこの沿線国にインフラを建設し経済基盤を創り上げる国際協力の試みである。製造拠点の建設も目指している。即ち,テロと難民問題に直面するEU先進諸国のAIIB参加には相応の理由がある。中央アジアや中東の国々でも国際連結のインフラ整備は重要な課題である。
トランプの外交が国内に深刻な課題の山積する中国にさらなる困難を課すことは間違いない。「一帯一路」構想による対外進出が中国流の無思慮な押しつけで,関係諸国の国民とトラブルを抱えていることも確かだろう。環境問題も,テロへの軽視があるかもしれない。しかし,中国からすれば,TPPもトランプの保護主義も本質で違いはない。東アジア,中央アジア,南アジア,西ヨーロッパ,そしてアフリカをも結ぶユーラシア地域のインフラ連結構想である「一帯一路」の意義は変わらない。
トランプが「アメリカ第1」,「偉大なアメリカの復活」を掲げて中国に貿易収支の赤字解消を無理強いし,また力で押さえつければ,もちろん軍事的衝突の危険性は増す。日本の安倍政権は,同盟を後ろ盾により強く対応するかもしれない。しかし,メンツを重んじる中国はトランプとの対立を辞さない姿勢を見せつつも,総力を挙げてユーラシア経済圏の形成に向かうのではないか。
東南アジアやインドの発展も中国の政策と無関係ではありえない。インフラ整備が加速されている。それらの経済が一体となって発展の枠組みが生まれる可能性がある。目前の対応からその先に目を転じれば,中国を軸にしたユーラシア経済圏の可能性が姿を現す。20世紀後半からの東アジア新興国の成長は,アジア太平洋で実現されてきた。その経済の重心は西に向かい,ユーラシア経済圏の形成を加速させるのではないか。トランプ・ショックはその契機となりうる。
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