世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.792
世界経済評論IMPACT No.792

米国版劇場政治“トランプ旋風”の限界

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2017.02.06

 米国のトランプ大統領が“あばれる君”ぶりを発揮している。就任前には,恫喝もどきの言動で,個別企業から米国内での投資積極化の言質を取り付け,就任後には,大統領命令を乱発,オバマ・ケアの見直し,メキシコ国境での壁建設,NAFTA再交渉,TPP離脱,イスラム圏諸国からの入国一時停止など,選挙時の公約を断固遂行する素振りを見せる。際立つのは,米国版劇場政治の“騒々しさ”。

 トランプ大統領は元々,自著“Time To Get Tough”で,概ね以下の様に述べていた。「米国を破産に追い込み,雇用を奪い,テクノロジーを盗み,ドルを弱体化させようとする連中……私から言わせれば,彼らは敵だ……(たとえば,そんな)中国とタフに渡り合える大統領こそが必要……外国と大きな取引を行い,米国を裕福にすることの出来る交渉役……大統領は米国最高の交渉役であるべきだ」。

 トランプ大統領は亦,別著“The America We Deserve”の中で,「私の取引のやり方は……狙いを高く定め,求めるものを手に入れるまで,押しまくることだ」とし,「手ごわい連中を打ち負かすことに,私はたまらない魅力を感じる」と高揚感を述べ,さらに,「取引に際し,相手がこれなしでは困る,というものを持つこと……このレバレッジを利用するためには,想像力とセールスマンシップが必要……このレバレッジなしに,取引をしないことだ」とも秘訣を明かす。

 こうした考え方に従えば,安倍総理が急いで首脳会談を設定し,日米同盟の重要性を強調すればするほど,“アメリカ第一”を標榜するトランプに,自動車交渉でのレバレッジを与える道理となってしまうではないか。

 トランプ大統領は,就任時支持率40%の不人気ぶりだとされる。しかし,大統領にすれば,この40%こそは,何を言おうと,何をしようと,決して離れることのない支持基盤だと見えているはず。大統領に当選出来たのは,本来ならば“民主党支持基盤の核”ともみなされていた中西部諸州の,彼ら白人貧困労働者層のお陰。“Minority”といえば,黒人やヒスパニックを指す。そんな中,彼らは何時しか“忘れられた”存在になり果てていた。もし共和党の大統領が,この層の取り込みの固定化に成功すれば,それこそは民主党支持基盤の堀崩し,共和党有利の方向での政党支持基盤の再編成功を意味する。そして,トランプ自身,自分こそが,その再編を達成出来ると自信満々。だからこそ,“The forgotten man and woman will never be forgotten again”のスローガンに拘るのだ。

 しかし,自身が誇示するほど,トランプは強い大統領なのか……筆者には,むしろ,弱さの方が目についてならない。

1)何よりも,大統領選挙での一般投票で過半数を取れていない。得票の過半を握ったのは,クリントン女史の方だった。民主党が,本来は“負けるはずのない中西部諸州”で敗れた,いわば戦術ミスで,トランプは勝てた。だから,仮に,上記の様な政党支持基盤再編に失敗すれば,彼の裸の王様ぶりが白日の下に晒される。

2)トランプ大統領は,経済政策として,減税と大幅な公共投資を主張する。減税は,共和党本来のペット概念。トランプのトランプたる所以は,このペット概念に,従来なら民主党が好んできた大規模公共投資を抱き合わせた点にこそある。かつてビル・クリントン大統領は,自らは民主党員だが,小さな政府を指向する,そんな意を込めて“New Type of Democrat”と称した。その流儀に倣えば,トランプは“New Type of Republican”となるわけだが,この路線,下手をすると共和党本流が望む小さな政府と抵触する“危険な毒”ともなりかねない。

3)ビジネスでは,特定のタイミング下で達成目標を一つに絞れる。環境を熟視し,機を見て的確な相手を説得すれば,勝機を得られる。ところが政治は常在戦場,自分が選んだ目標だけを相手にすればよい,というものではない。ある決定が,全く関係なさそうな分野で連鎖反応を引き起こす。そんな意味で,トランプ流のやり方では,争点管理能力を喪失してしまうリスクが大きい。

4)ビジネスと安全保障分野とでは,作用するベクトルの方向が異なる。トランプ大統領は「うまい交渉をするには,手の内を知らせてはならない」と主張する。ところが,国際関係の基軸たる安全保障分野では,“相互の信頼醸成”が重要。要は,ビジネス分野では物事を“変えようとする”誘因が働くが,安全保障分野では,物事を“固定化して,相互の信頼を築く”ことこそが必要なのだ。トランプはこの違いを未だ分かっていない。

5)国際政治の分野ではまた,トランプと交渉したい各国の首脳が順番待ちの状態だ。ロシアのプーチン大統領,イスラエルのネタニエフ首相等々。中国の習主席などは,今はじっと身を低め,交渉ゲームの準備に万端怠りないはず。となれば,トランプ一人に,多くの国が同時期にゲームを仕掛ける事態も想定され,米国が何時しか受け身となり,個別交渉の中で,同盟国の米国への信任も次第に低下する,そんな最悪の事態も起こりえないことではない。トランプの様に,「本当の魅力は,ゲームをすること自体にあるのだ」などと嘯かれては,迷惑千万と言わざるをえない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article792.html)

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