世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.777
世界経済評論IMPACT No.777

最適なエネルギーバランスと気候変動問題

武石礼司

(東京国際大学 教授)

2017.01.09

 人間は誰でも自分が生きている時代が特別に大きな意味を持っており,その時代の中で生きている証を見いだし,確かな役割を果たしたいとの希望を持っている。

 近年の気候変動問題において,人間が出すCO2排出が地球を温暖化させてしまっており,CO2排出ゼロの社会を早く実現させ「地球を救う」必要があるとの見解が,強く主張されている。気候変動枠組条約締約国会議(COP)の議論を見ると,今の時代が地球の歴史の中での転換点であるとの認識の下,人間が地球の温度を決めてしまっており,したがって人間の力で対応すべきで,人間が対応すれば地球の温度は変わるとの考え方が前面に出されるに至っている。

 しかし,鎌田浩毅・京大教授が『地球の歴史』(2016)で指摘しているように,地球にはウォーカー・フィードバックと呼ばれる平衡状態を保つ機能が働いており,「温室効果ガスの放出が原因の一つとされる地球温暖化問題も,地球全体の長い時間軸で見ると,再び氷河時代に向かうなかでの一時的な温暖化と言っても過言ではない」(上巻,p252)とされる。

 CO2ゼロに何が何でも取り組むべきとの考え方は,しばし立ち止まって考える必要があるかもしれないとの指摘は重要である。

 一方,日本政府は温室効果ガス(GHG)の排出削減目標を掲げており,国内の各都道府県では担当部署の環境部等が設置されている。これらの部署の担当者によって,小中学校などへの出前授業での環境問題に関する啓蒙活動が行なわれているところがある。

 筆者はこうした出前授業を聴講する機会を持ったことがあるが,小学校低学年向けの授業では,「地球を救わなくてはなりません。このままでは海面がⅠメートル以上上昇し,水没する島々もたくさん出て,国ごと無くなるところがでます」という内容で授業がなされ,CO2が出るものは一切が悪いという説明であった。

 このような授業の影響力は子供たちにとって極めて大きいはずで,およそすべての工業部門の仕事はCO2を出すためにマイナスのイメージであり,車も環境に悪いのでダメと子供達は感じるに違いないと思われた。

 当方が大学で学生に地球環境問題の話をしても,子供の頃に植えつけられたであろうCO2排出は悪という考え方をそのまま学生になっても維持しているものが多くいる。

 石油は適切に使っていくべきで,食品の流通,医療用等,私たちの生活を維持し,感染症を防ぐのに,石油から作られた製品がいかに役立っているかという点からの説明をしても,なかなか有効に石油を利用すべきとの考えにはたどりつくことすら難しくなっている状況がある。

 近年の若者の車離れも,小学校等での上記のような環境教育の「成功」の影響があるに違いないと筆者は推測しており,さらに,近年の経済のデフレ傾向も,若者に対する「環境教育の成果」が出すぎている結果ではないかと筆者は疑っている。

 一方,地球環境問題を研究・啓発するIPCCでは,CO2排出量を削減するためには,大規模なバイオマス発電を導入して燃焼時に出るCO2は地下に圧入するとの計画が打ち出されている。産業からのCO2排出量も含めて,バイオマス発電で全体のCO2排出量をマイナスにもっていくとすると,いかに巨大なバイオマス発電を考えているのだろうかと愕然とするほどの巨大計画が語られている。

 こうした考えが出されるのも,人間が対応すれば地球の温度は変わるとの考え方が前面に出されているためである。

 一方,火山学者が「想像するだけでも恐ろしく,考えたくもない」と言う海底火山の超巨大噴火など,人類の能力の及ばない寒冷化が地球上では突発的に生じる可能性もあり,気候は人知を超えたところで変動せざるを得ない。

 以上から見て,太陽光や風力等の自然エネルギーの利用拡大は望ましいものの,何が何でもCO2排出量ゼロを目指すのではなく,最適なエネルギーバランスとして,いろいろなエネルギー源を組み合わせて高効率に使うべきであるのは間違いない。

 かつて,京都メカニズム(CDM,JI等)の下,日本は,兆円単位の資金を中国,韓国等の「途上国」(韓国は今でもCO2等の温室効果ガス(GHG)排出に関しては途上国に属する)に支払い,これら諸国の産業の近代化・高効率化に援助を行い,国際競争力の強化のお手伝いをした。

 現在もエネルギーの高効率利用を世界で進めることはもちろん必要であるが,ただし,すでに発効したCOP会議のパリ協定の下,日本がGHG排出量の削減に取り組むとしても,日本のエネルギー効率が高い以上,次に求めるべきなのは日本単独でのGHG削減ではない。EUが全体としてGHG削減に取り組んでいる「EUバブル」と同じく,アセアン等の他の国とチームを組んだ中での全体としての排出削減が目指すべき方向性であろう。最適なエネルギーバランスに関する議論を深めつつ,気候変動問題への対応を考えていく必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article777.html)

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