世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.762

「バター不足」の経済分析

遠藤正寛

(慶應義塾大学商学部 教授)

2016.12.12

 今年は深刻化しなかったが,日本ではバター不足が周期的に起こる。バター不足の理由としては,次の4点がよく挙げられる。(1)生乳生産量が減少している,(2)生乳は最も生鮮性が求められる牛乳や生クリームに優先的に加工され,長期保存が可能なバターや脱脂粉乳は生乳市場の調整弁として生産が後回しにされる,(3)農畜産業振興機構によるバター輸入が機動的でない,(4)消費者のバターの購入頻度は通常は年数回なので,買いだめをされるとすぐ在庫が枯渇する。

 日本の酪農業は,国内の産業の中でも,とりわけ特殊な制度が構築されている。そして,バター不足の原因は,その特殊な市場構造にも起因している。私にはむしろ,以下に述べる市場構造の要因の方が本質的で影響が大きいと思える。

 市場構造の要因の1つ目は,指定団体(生乳販売者)から乳業メーカー(生乳購入者)への生乳販売で乳業メーカーが課される,不自然な「価格差別」がある。

 価格差別は,販売者による顧客・商品情報の利用方法から,3種類に分類されることが多い。第1種価格差別は,顧客のタイプと商品のタイプ(数量・品質)を共に利用する。販売者は,消費者それぞれに異なる価格と数量・品質を提案し,消費者余剰を完全に奪い取る。事例として,オーダーメイドの高級品がある。第2種価格差別は,商品のタイプを利用する。複数の「商品タイプ・価格」の組み合わせを提供し,消費者に自己選択させる。事例として,まとめ買い割引や,航空券の早期購入割引がある。

 第3種価格差別は,顧客のタイプを利用し,同一の商品を,異なる消費者グループに異なる価格で販売する。事例として,学割や高齢者割引がある。これらの価格差別が成功する条件として,販売者に市場支配力があり,販売者は顧客を識別可能で,顧客は購入した商品を転売する利益がないことが挙げられる。

 指定団体の乳業メーカーへの生乳販売は,生乳という同一の商品を,乳業メーカー側の用途に応じて異なる価格で販売しているので,この第3種価格差別に類似している。新聞報道によれば,2013年度,北海道の指定団体であるホクレンは,乳業メーカーに生乳1kg当たり,道内飲用向けで114円40銭,生クリーム向けで75円50銭,バター・脱脂粉乳などの加工向けで70円96銭,チーズ向けで53円で販売した。これが通常の価格差別と異なるのは,価格は違えど顧客は結局同じ乳業メーカーで,バター不足になるとメーカー内で生乳の用途変更,すなわち転売が求められるということである。しかも,高く購入した生乳を,安いバター向けに。

 市場構造の要因の2つ目は,各種乳製品の競争環境や商品特性の違いである。飲用乳は国内市場で生産者が多く,競争は厳しい。対して,バターや脱脂粉乳の生産者は,数は少なく,寡占的市場と考えられる。採算性が高く,生産者側に供給量を増やす誘因が少ない。ただし,バター市場の採算性が高いといっても,高価格で購入した飲用向け生乳をバター向けに振り替えて乳業メーカーの利益が増加するほどではないと思われる。また,飲用乳は生鮮性が求められるので在庫を積み上げられないが,バターや脱脂粉乳は可能である。しかし,在庫は企業のキャッシュフローを悪化させる。この面からも,生産者はバターの生産を増やす誘因はない。

 最後に,この話題が「世界経済評論インパクト」とどのように関連するか,貿易という視点から以下の3点を挙げて終わりにしたい。

 1つ目に,指定団体の用途別生乳販売価格は,輸入競争圧力を反映している。飲用向けの販売価格が最も高く,次いでバター・脱脂粉乳向け,最も安いのはチーズ向けであるが,これは日本で輸入競争圧力の弱い順である。飲用乳の輸入はほとんど記録がなく,バターは国内の需給を見て農畜産業振興機構が限定的に輸入し,チーズは近年は国内生産量の5倍程度が輸入されている。

 2つ目に,乳製品ほど国が輸入を管理している商品は珍しい。農林水産省所管の独立行政法人農畜産業振興機構が指定乳製品の輸入を一元管理している。

 そして3つ目に,日本国内であっても生乳の域際取引は制限されている。地域別に9つある指定団体はその地域内の生乳生産量を計画・管理しており,その達成を妨げる生乳の地域間取引は少ない。その結果,日本の生乳生産の半分以上を占める北海道産は,その4分の3程度が乳業メーカーに低価格で販売される乳製品向けに回り,飲用乳として北海道外に販売される量は限られている。国際取引だけでなく国内域際取引もこれだけ制限されている商品は他にあるだろうか。

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