世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「一帯一路」の進展と「ユーラシア経済圏」の可能性
(福井県立大学 教授)
2016.12.05
習近平政権は、発足して以来,欧米・ASEANとの交流を強化すると共に,「上海協力機構」(SCO),「BRICS首脳会議」,「アジア相互協力・相互信頼措置会議」,「ボアオアジアフォーラム」,「中国・中東欧首脳会議」などの枠組みを通じて,中央アジア,中東,中東欧,アフリカなどの国々との政治対話と経済交流を積極的に推進している。また、BRICS開発銀行やアジアインフラ投資銀行の設立を通じて,国際金融分野ではアメリカを中心とする既存の国際金融秩序とは別に,新たな国際金融秩序を立ち上げようとしている。これらの結果を踏まえて,中国は2014年には中国から西に向かって,陸と海の二本線を通じて,インフラ整備を進める「一帯一路」構想(陸上・海上シルクロード)を提起した。
この「一帯一路」とは北の「シルクロード経済地帯」(一帯)と南の「海上シルクロード」(一路)から成っている。その「シルクロード経済地帯」構想の起点は中国の西安であるが,主に①中国から中央アジア,ロシアを経由して,バレンツ海に至るルート,②中国から中央アジア,西アジア,ペルシャ湾を経由して,地中海に至るルート,③中国から東南アジア,南アジアを経由して,インド洋に至るルートなど,三つのルートが含まれている。その狙いは中国から中東欧,ロシア,ヨーロッパまでの「ユーラシア経済圏」を構築することであり,いわゆる従来の「チャイナ・ランドブリッジ」(CLB)の拡大版といえよう。
「海上シルクロード」には,南には中国の沿海地域から東南アジア,南アジア,中東,アフリカまでにベンガル湾,アラビア海,紅海,地中海を跨る「海上経済圏」の構想を描いている。
中国側の構想として,この「一帯一路」を通じて,世界60ヶ国をカバーし,総人口46億人,GDPが世界GDPの1/3に相当する20兆ドルに上る,中国を基点とする「ユーラシア経済圏」を構築しようということである。
中国の中央政府は「一帯一路」構想にあわせて,400億ドルを拠出する「シルクロード基金」を立ち上げることとなり,6つの経済回廊の構築を構想しているが,実際に動き出したのは以下の2つの経済回廊の建設である。
(1)中国-パキスタン経済回廊
2015年4月20日,中国の習近平国家主席はパキスタンを初訪問し,同国の首都イスラマバードでシャリフ首相と会談した。「中パ経済回廊」を整備する計450億ドル(約5兆4千億円)の事業に対する中国の支援・投資などに向けて両国は51項目の合意文書に調印した。中国国内でテロを繰り返すイスラム過激組織をパキスタンに潜伏させないよう,協力を継続することをうたった共同声明を発表した。
共同声明では,280億ドル分の事業についてはただちに着手し,中国は発電部門に計370億ドルを投資するという。
中国−パキスタン経済回廊は,中国・新疆ウイグル自治区カシュガルからパキスタン南西部グワダル港までの約3千キロに沿う地域が含まれているが,中国は道路,鉄道,工業地帯などのインフラ建設に支援,投資し,グワダル港を開発する計画を締結した。戦略的な拠点であるグワダル港には,新空港を建設する計画もあり,中国とパキスタンの陸海空で連結性を高め,中国のインド洋への玄関口を確保しようとしている。
(2)新ユーラシア経済回廊
北京からモスクワまでの高速鉄道建設は「シルクロード経済地帯」構想の重要なプロジェクトである。現時点では北京から新疆のウルムチまでの高速鉄道が稼動しているが,その北京-モスクワ高速鉄道の一環として,2015年6月に中ロ政府はロシアのサンクトペテルブルクでモスクワからカザン間の高速鉄道建設契約の調印式を行われた。この高速鉄道は現時点では,建設区間770キロメートル,最高時速400キロ/h,2018年に完成すると計画しているが,将来的には南のカザフスタンを経て,新疆のウルムチに延ばして,北京-ウルムチ高速鉄道と接続するユーラシア高速鉄道計画である。
この「一帯一路」構想は現時点では,ただのブループリントに過ぎないが,アジア太平洋での主導権を取り戻そうとするアメリカの「アジアリバランス」政策に対し,中国は西へのユーラシア大陸及びインド洋に勢力を伸ばそうという戦略的意図がはっきり見えている。中国の現在及び中期的な経済力から見て,経済的にはこの構想の実現可能性が高いといえよう。この構想が実現すれば,世界では紛れもなくアメリカを基軸とするアジア太平洋経済圏に対し,中国を基軸とする「ユーラシア経済圏」が誕生することになっている。
しかし,これらの地域では,テロが多発しているだけでなく,沿線各国の政治情勢の不安定,日米は強い警戒心を持っていることなどを考えれば,地政学リストや不確定要素を数多く抱えており,その実現には相当の時間がかかるといわざるを得ない。
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