世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本のアジア戦略とミャンマー:スーチー国家顧問の来日に際して
(熊本学園大学名誉教授・日本−ミャンマー教育友好協会会長)
2016.12.05
アウンサンスーチー国家顧問兼外相が11月1~5日の日程で来日した。アウンサンスーチー氏は長年にわたる過酷な政治的弾圧の下で非暴力の民主化運動を指導してきた。その活動が評価され1991年にはノーベル平和賞を授与された。その栄誉と気品ある容姿,振舞によって世界的に最も大きな知名度をもつ政治家の一人である。今回の訪問に際して,日本政府は今後5年間,8,000億円の経済援助を約束した。今回の訪問が日本のアジア戦略の要となる日本−ミャンマー友好関係における飛躍となることを期待したい。
スーチー氏の国民へのメッセージ
アウンサンスーチー氏は国家顧問として,ミャンマーの新年である2016年4月1日,国民に向けての挨拶で次のように述べている。「私は国民が世界のどこへ行っても,ミャンマー人としての誇りをもち,顔をまっすぐに上げてほしいのです。私はそのようにミャンマー国民が世界に高くたってほしいのです」。スーチー氏のこの呼びかけには切実なものがある。
ミャンマーはカリスマ的指導者であったスーチー氏の父,アウンサン将軍の独立直前の暗殺という不幸な出来事もあり,独立後も政治的混乱と少数民族による武装闘争が続き,長期にわたる軍政,国際的な孤立によって,広大な国土面積,豊富な鉱物資源,温和で勤勉な国民性,高い識字率などの潜在的国力を生かすことなくASEAN諸国の中でも後発開発途上国に甘んじてきた。スーチー氏には東南アジアの雄であったミャンマーの経済発展に取り残された現状に対する大きな焦燥感がある。ミャンマーが政治の安定と経済発展に成果をあげたとき,国民もスーチー氏の呼びかけに応じて誇りを取り戻すことができるだろう。
日本の戦略的経済支援
スーチー国家顧問兼外相は就任以来,ラオス,タイ,中国,インドなどの隣接国,米英への訪問を終え積極的な外交活動を行ってきた。彼女のこの間の外交活動の最大の成果はオバマ大統領との会談を経て,米国による対軍事政権批判として実施されてきたミャンマーに対する経済制裁の全面的解除を認めさせたことである。しかし,トランプ新大統領の登場はこの制裁解除に関しても若干の懸念を禁じ得ない。しかし,アメリカがアジアから仮に後退することがあっても,日本のアジア政策の戦略的重要性は確固たるものであろう。中でも,インド洋に開け,南アジア,さらには中東,アフリカをも展望するミャンマーのアジアにおける地政学的位置は日本のアジア戦略における要である。
日本が特に支援に力を入れているのは進出企業に税制上の特典を与える経済特別区の開発であり,ティラワ特別区とダウェー特別区に取り組んでいる。
ティラワ経済特別区はミャンマー最大都市のヤンゴンから南東約20キロに位置し,総面積2,400ヘクタール(山手線の40%)の広大な工業団地である。敷地内,周辺のインフラも整備され,100社余りの進出企業で第一期工事分の契約は完了している。過半の企業は中小・中堅企業も含む日本企業である。複数の特別区の中で最も進捗している。
現在,注目されているのはティラワの10倍の規模と言われるダウェー経済特別区である。ダウェーはタイ・バンコクの西約300kmに位置し,ベトナムのホーチミン,カンボジアのプノンペン,タイのバンコクを結ぶ南部経済回廊の西側ゲートウェイに位置することになる。ダウェー開発が実現し,現在南部経済回廊のミッシングリンクとなっているバンコク~ダウェー間が結ばれることで,マラッカ海峡を経由せず,インド洋と太平洋が結ばれることとなる。ダウェー経済特別区の開発の難点は巨額の資金が必要となることである。ミャンマー政府は開発資金の支援を日本に強く期待している。日本政府の5,000億円の巨額支援はまさに地政学的要衝にあたるダウェー経済特別区の開発を促進することになるだろう。スーチー氏がダウェー経済特別区の責任者に直接指示を与えていると聞いている。
スーチー氏は11月4日,「都内で経済団体幹部らと懇談し,雇用創出につながる投資を求めた。同国では主力の資源産業が失速しているため,日本が強みを持つ製造業の投資誘致に力を入れており,規制緩和などによって日系企業の進出を後押しする考えだ。」(日経,11/5)ミャンマーのような後発開発途上国が短い期間に経済発展を遂げるためには外国政府からの援助と民間資本の導入が不可欠である。先進国からのインフラ投資,直接投資は資本と技術・生産ノウハウの移転,雇用の拡大につながるからである。しかし,大規模経済特区の開発には用地確保,環境保全などについて現地住民の理解と協力が不可欠である。日本とミャンマーの将来にわたる友好と親善のために,この面についても官・財・学一体となった長期的視野にたった支援と協力でミャンマーからの信頼をえることが何よりも重要である。
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