世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.752
世界経済評論IMPACT No.752

多国籍企業における双面性(ambidexterity)のマネジメントの方向性(1)

山本崇雄

(神奈川大学 准教授)

2016.11.21

 昨今,経営学や国際ビジネス分野で注目を集め続けているテーマの一つとして,双面性(ambidexterity)のマネジメントが挙げられる(注)。この小稿では,多国籍企業における双面性のマネジメントについて数回に分けて論じることとする。

 まず,双面性について簡潔に説明したい。双面性とは,「活用(exploitation)型」の活動と「探索(exploration)型」の活動を両立させることを意味している。前者は既存の技術,製品,あるいは市場などを漸進的に改善,拡張させる活動のことであり,後者はいまだ存在していないまったく新しい技術や製品,市場などを探索する活動を意味している。

 後者の方が,既存の枠組みにとらわれない発想が求められ時間やコストがかかること,成果が出るまでに不確実性要素が多く存在し,失敗に終わる可能性が高く,その意味でリスクテイキングや失敗の許容が求められるといった理由から,企業は活用型活動につい目を向けがちとなり,双方を両立させることは困難となってしまう。しかしながら,外部環境が大きく変容する場合,組織の長期的な環境適応のためには双方とも欠かせない活動である。

 では活用型活動と探索型活動双方を促進させるためには,多国籍企業においてはどのような組織マネジメントが求められるのだろうか。これまでさまざまな議論がなされてきているが,⑴構造的な分化による双面性の達成,⑵時間軸にもとづく分離による双面性の達成,⑶組織のコンテクスト要因(ストレッチ,信頼など)を通じた双面性の達成という3つのタイプが指摘されている。ここでは,⑴の構造的分化の多国籍企業における方向性について,少しばかり考えてみることにしたい。

 構造的分化とは,活用型活動を行う組織と探索型活動を行う組織とを切り離してしまうという方法である。多国籍企業の文脈でいえば,たとえば,

 ・探索型イノベーション向けの独立した研究組織を新興国に創設する(リバース・イノベーションにおけるGEの事例など)

 ・技術志向の海外スタートアップ企業のM&Aを行う(製薬業界における海外の創薬ベンチャー企業の買収など)

 といった事例がこれに相当する。つまり,日常のルーティン業務とは分離したところに探索型活動のみを実行する専門組織を新たに創設することによって,それぞれ独自の組織運営の遂行が可能となり,双方の活動が阻害されないようにするという手法である。

 しかし,こうした手法は有効な手段である一方で,頻繁に実行に移すことは困難である。探索型活動を遂行すべきあらゆる場面において,日常的に新しい組織を次々と創設するのは不可能に近いからである。新規組織の設立に膨大なコストがかかるだけでなく,既存組織の人員のモチベーションが低迷し,探索型活動に全く取り組まなくなってしまうというデメリットも生じかねない。

 そこで,既存の組織に,新たな探索的な機能や役割を機動的に付与するという方向性が考えられる。たとえば,状況に応じて,海外子会社の機能を増強させたり(既存の生産子会社に新規市場開拓機能を付与するなど),探索的活動を推進すべく海外子会社に本社の役員クラスを常駐させるといった方法である。この手法を活用すれば,専門組織の新設よりも現地環境の変化に柔軟に対応可能であり,実際にも海外の事業子会社において,このような機能の増強や本社役員の恒常的な配置を行う事例が見られるようになってきている。

 学術的な見地からいえば,「本社活動(ペアレンティング)の役割」の再検討の必要性が改めて問われていると同時に,従来の「本社-海外子会社」あるいは「グローバル本社-地域本社-海外子会社」といった既存の枠組みでは捉えきれない経営課題が生じていると言えるかもしれない。

 双面性における⑵や⑶のタイプの新たな方向性については,稿を改めて議論することとしたい。

  • (注)アンビデクステリティは日本語では定訳がなく「両利き性」,「二面性」など様々な訳出がなされているが,ここでは「双面性」と記すこととしたい。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article752.html)

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