世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
合従は連衡につぶされる?:対中外交の命運を占う
(市川アソシエイツ 代表)
2016.10.03
米国にとって中国は脅威ではない
レーガン政権時代,日本叩きで勇名をはせた元商務長官特別補佐官クライド・プレストウィッツ氏が最近,奇妙な本を出した。勿論,ジャパンバッシングではなく,日本よ我々が叩いていた頃の元気を取り戻せという激励本で,タイトルは『近未来シュミレーション2050——日本復活』だ。34年後には「総人口1億5千万人超えが見込まれる」「三菱がボーイングを買収する」「日本だけが脳移植を可能にする」「世界各国から留学生が日本に殺到する」等々,やれば出来ると言わんばかりのパラダイス・シナリオ満載で日本復活をはやしてくれる。只,妙に不気味でリアルな近未来予測が日中間の安全保障問題だ。
プレストウィッツ氏は「米国にとって中国は脅威ではない。尖閣諸島も米国にとって何の意味もない。日本をどうして守らなければならないのかという考えが米国民の中にはある」と言い放ち,近い将来,米国は中国設定の第2列島線(伊豆諸島を起点に小笠原諸島,グアム・サイパン,パプアニューギニアに至るライン)は守るものの,第1列島線(九州を起点に沖縄,台湾,フィリピン,ボルネオ島に至るライン)は守らないかもしれない。横須賀基地がグアムや真珠湾に行ってしまう可能性もあり得ると警告する。これは間違いなくトランプを大統領にしたいと思っている半数近い米国民の感情と重なる。では,日本はどうすべきか。単独の日米同盟から決別し,韓国,ベトナム,フィリピン,インドなどとNATO(北大西洋条約機構)のアジア・バージョンを作ることを明確な選択肢として据えよという。このアジア版NATOを米国が後方支援するというわけだ。
中国外交の基本は連衡策
プレストウィッツ氏の提案自体は決して新しいものではない。ほぼ同様なアジア安保構想がベトナム戦争後に出されたニクソン・ドクトリンの中で,太平洋アジア条約機構(PATO:Pacific Asia Treaty Organization)という形で検討されたことがあった。この時は米国にベトナム戦争での一時的な疲弊があったものの,「世界の警察官」としての自信は依然堅固であったし,中国は未だ軍事大国化しておらず,日本とっても脱日米安保は一部観念論者の世界の話でしかなかった。それから40年以上が経った現在,アジア版NATO構想は決して荒唐無稽とは言えない。
ここで連想するのが紀元前4世紀末の中国・戦国時代に端を発する合従連衡の教訓だ。これから数十年近く展開されるであろう中国と日本を始めとした周辺国家群との間の外交駆け引きが,中国・戦国時代の強大国・秦に対して南北縦に並んでいた燕・韓・魏・趙・齊・楚の周辺6か国がお互いに共同戦線を組んで対抗した合従策(従は縦の意)に似ている。結局,合従策は同盟各国間の疑心暗鬼と裏切り,さらに秦に対する根本的な恐怖感を背景に長続きせず,各国は秦と個別に講和し,同盟する。すなわち連衡策(衡は横の意)を強いられ,最終的には「秦帝国」に包摂されてしまった。
連衡策を基本とする中国の外交戦略は現代まで脈々と引き継がれている。南シナ海の領海化問題では国際的な仲裁や,ASEANベースの交渉を拒否,あくまでもフィリピンやベトナム等当事国との個別交渉にこだわる。東シナ海の尖閣諸島問題も日本が南シナ海との交渉連動性を画策することを断じて認めない。あくまでも日本を単独交渉の中に追い込んで行こうとしている。
アジア版NATOの成否は日本次第か?——白馬会議で白熱討議
アジア版NATOは結局,中国の21世紀版連衡策によってつぶされるのか? その成否はアジア版NATOという21世紀版合従策の要となる日本の役割と可能性にかかっている。2008年リーマンショックの年に「西のダボス,東の白馬」を標榜して立ち上げた「白馬会議」(http://www.hakubakaigi.com/)の第9回目(11月26~27日開催)では,この課題を真正面から討議する。
先ず,第1セッションでは,吉林省出身の唱新・福井大教授が「アジア経済の躍進と日中競合」と題して,GDP規模で日本を大きく突き放し,「一路一帯」構想やアジアインフラ投資銀行(AIIB)といった,ダイナミックな戦略的布石を打ち始めた中国に対して日本はいかなるリーダーシップを発揮できるのか? 日中競合の実体を分析する中で両者の競争的共存の可能性を問う。
第2セッションでは,日本国際問題研究所主任研究員の小谷哲夫氏が「アジア安全保障の力学変動と日本の生存戦略」と題して,対米敗戦以来,当たり前となって来た米国の圧倒的な外交・軍事パワーの庇護による日本の安全保障が,米国のパワー低下と中国の軍事的覇権志向の高まりの中で大きく揺らぎ始めている中,日本の海洋安全保障とその生存戦略を問う。
さらに第3セッションでは,渡辺靖・慶応大教授が「アメリカから見える〈アジアの中の日本〉」と題して,敗戦後,アメリカと営々と連衡を組んで来た日本が今,アメリカからはどう見えているのか? 米国研究を土台とした文化人類学者であり又,ソフトパワー(文化外交)論者でもある視点から問う。
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