世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.724

Brexitについての一考察:英国はEFTA(欧州自由貿易連合)に回帰する?

金原主幸

(経団連国際経済本部 シニア・アドバイザー)

2016.09.26

 世界中を驚かせた先の英国における国民投票の結果に,欧州域外にあって最も迅速かつ敏感に反応したのは日本だった。長年にわたり,日本企業は英国を欧州市場へのゲートウェイと位置づけ,英国がEUのメンバーであることを前提に対欧投資全体の3割以上を英国に投入してきたのだから当然であろう。ただ,今回の国民投票では通商問題が焦点となったわけではなく,ましてや対日批判が問題になったわけではない。離脱か残留かの英国民の判断に日本は念頭になかったはずである。従って,Brexit(英国のEU離脱)は英国に進出している日系企業にとってはとばっちりのようなものである。

 経団連では直ちにBrexitに関するタスクフォースを立ち上げ,「とりあえずの意見」を取りまとめ,発表した。その内容は,9月初旬に日本政府が英国とEUに対し正式に提示した「要望書」にほぼ全面的に盛り込まれている。そのポイントは2点に集約される。第1は,EU離脱プロセスの予見可能性を可能な限り高め,ビジネス環境の不透明感・不確実性が払拭されること,第2は,いわゆる4つ(ヒト,モノ,カネ,サービス)の移動の自由はじめ英国とEUとの間の市場の一体性が維持されることである。

 経済上の悪影響を最小化するために無限にEU残留に近い形での離脱を英メディアはa soft Brexitと呼ぶそうだが,日本企業の要請はまさにそれである。離脱交渉がいつ開始されるのか,すら不透明な現在,将来のEUとの関係がどのような姿になるのか英国自身を含め誰にも見通しがつかない。長期的な経営戦略に基づき大規模な資本を投入することによって英国経済に深くコミットしてきた日本企業,とりわけ製造業セクターが大きな衝撃を受けたのは無理もない。

 しかしながら,敢えてここで楽観論を唱えてみたい。すなわち,一時的な実務上の混乱は避けられないものの中長期的には日本企業がBrtexitによってさほど大きな打撃を受けることはないという見立てである。むしろ長い目でみればプラスの面すらあり得る。その理由は少なくとも3つある。

 第1は,英国が日本の投資を必要としていることである。英国は1973年のEC(EUの前身)加盟以来,北欧諸国とともに開放主義を標榜しEU全体の貿易投資の自由化促進を推進してきた。特にサッチャー政権以降は積極的な外資導入策により自動車,電機分野を中心に日本企業の進出を強力に後押しし,その結果,今や日系進出企業は英国産業全体のなかで10万以上の雇用を創出する必要不可欠な存在となっている。実際,国民投票直後からヒッチンズ駐日英国大使は日本企業の不安を払拭すべく躍起で,経団連に対しても「日本との強固な経済関係はこれからも維持したい,そのためにこれまで以上に良好な投資環境を提供する」とのメッセージを繰り返し送り続けている。

 前述の経団連による「とりあえずの意見」の最後の項目に“英国において進行中のプロジェクトに対するEUからの支援の継続”というダメもと的な要望があるのだが,これに対しデービス担当大臣は,EUから打ち切られた助成は英国が補填する旨の議会証言をしている。英国は日本企業を逃げ出させぬよう必死なのだ。

 第2は,英国とEUの力関係である。離脱交渉が始まる前からEU側は「ただ乗りはさせない」と態度を硬化させている。しかし,英国はEU内でもドイツに次ぐ第2の経済規模を持ち,世界全体でも第5の大国である。その英国が離脱すること自体,EUにとって深刻な打撃だが,もしEUが英国の単一市場へのアクセスを認めないならば,EUは墓穴を掘ることになる。すでに多くの欧州の有識者からそうした指摘がなされている。離脱交渉は最終的には経済合理性に基づき決着する可能性が高い。

 第3は,EFTA(欧州自由貿易連合)の存在である。EFTAは1960年にEEC(ECの前身)に対抗すべく英国が中心となり北欧諸国など7カ国により設立された。しかし,その後,英国自身はじめ多くの加盟国が脱退しEC(EU)に鞍替えしたため,現在はノルウェー,スイスなど小国4カ国のみとなり国際的な存在感は極めて薄くなってしまった。先般,筆者はEFTA裁判所のバウデンバッハ長官と意見交換する機会があったが,同長官はBrexit後の英国がEFTAに回帰する可能性を示唆した。

 フランスの影響が強くともすれば保護主義に傾きやすいEUに比べ,EFTAは設立以来,一貫して自由貿易志向を貫いてきた。かつての激しい日欧貿易摩擦の時代ですらEFTAは決して日本に対して保護主義的措置はとらなかったことを私は仕事を通じて実感していたが,その理由について同長官が欧州法の視点から興味深い説明をしてくれた。EUは規制色の強い大陸法だが,EFTAは効率重視,市場志向の慣習法(コモンロー)であり,イノベーションも生まれやすいという。Brexit後の英国がEFTAに再加盟することがどの程度,現実的なオプションなのかわからない。だが,仮に英国がEFTAに再加盟するようなことになれば,EFTAのEUを牽制する政治力が強まり欧州におけるパワーバランスに大きな変化が生じる。そして,それは欧州ビジネスに係わる日本企業にとって必ずしも悪いことではない。

*以上はすべて筆者の個人的見解である。

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