世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.700

外国投資促進の教訓,中国企業の買収にナイーブになるな

大木博巳

(国際貿易投資研究所 研究主幹)

2016.08.29

 中国企業の対外M&Aが2016年1−6月で1,000億ドル(トムソン調べ)を超えた。2015年の1,060億ドル(ディールロジック社調べ)をすでに超え,まさに爆買いが,M&Aでも起きている。

 「走出去(対外投資)」と呼ばれている中国の対外投資戦略が,対外的に言及されたのは1990年代後半である。2000年3月に開催された第9期全国人民代表大会第3回会議において,当時の江沢民主席が「走出去」戦略の一層の推進を呼びかけ,2001年3月に発表された「第10次五カ年計画」に,「走出去」が対外貿易,外資利用と並んで「開放型経済発展」を支える3本柱の一つとして盛り込まれた。「走出去」戦略が,正式に中国の経済運営方針として提起された。

 中国企業の対外投資額は,「走出去」が始まった2000年代前半には年間20から30億ドルであった。2005年に123億ドルと初めて100億ドルを突破し,2006~7年は200億ドル,2008年が500億ドル,2011年には746億ドル,2012年は878億ドルと拡大の一途を辿った。2012年の直接投資額は米国,日本に次ぐ世界第3位となった。

 中国企業の対外投資は,かつては,国内の資源確保のため,中央国有企業を中心にオーストラリアやアフリカ,中南米などへの資源投資に注力していたが,ここ数年では,欧米企業の買収に矛先が向かっている。2015年では,中国企業が行った海外企業買収を国別で見ると,ドイツと英国が多かった。欧州企業179社を買収(もしくは出資)したうち,36社がドイツ,34社が英国の企業だった。中国企業による欧州企業の買収は,2004〜2010年は英国企業が主な買収対象だったものの,2011年以降はドイツ企業が買収対象として1位になっている。2016年上半期では,ドイツ企業37社を買収して108億ドルをつぎ込んでいる。

 ドイツ企業の買収で話題になったのが,中国の家電メーカー,美的集団が買収したロボットの有力メーカー,クーカである。ドイツはITやロボットを駆使して製造業の高度化を図る「インダストリー4・0(第4次産業革命)」構想を官民挙げて推進しているが,クーカは主力企業の一つである。ハノバーで開催された国際見本市でクーカのブースを訪れたメルケル首相は,クーカはドイツの未来の宝であると称賛していた。何故,美的集団は,その未来の宝をいとも簡単に獲得できたのか。

 第1は,海外投資は基本自由という原則の徹底。非EU企業による企業買収は戦略的なインフラ(エネルギー,防衛産業など)以外は介入しない。それにクーカは当てはまらなかった。投資を受け入れには必要な明快な基準がある。

 第2は,旧東国出身のメルケル首相は,共産党との付き合い方を熟知し,違和感がなく付き合える。反対する産業界には,ナイーブになる必要はないと説いた。

 第3はクーカの経営陣が積極的であった。クーカは中国のロボット市場の15%を握っている。美的集団傘下に入れば,もっと市場を取れるという目論見が,クーカの経営陣の間で働いた。

 かつて,1979年に英国の首相に就任したサッチャー首相は,「大きな政府から小さな政府へ」を唱えて,国有企業の民営化推進により民営化企業を上場して国有企業の株式売却益で財政の黒字化を図った。国有企業の非効率性と海外市場での競争力の低下が英国全体の国際競争力喪失の元凶であるとして,国有企業を民営化して市場原理を適用するという考え方を実行した。

 民営化と規制緩和は海外からの投資を引きつける原動力となり旧国有企業の買収,電力をはじめ公益事業の英国企業の買収などを含めた新規参入を促し,M&Aが活発化することになった。この外資流入と競争の激化が経済に活性化をもたらした。これにより自動車量産メーカーがほとんど外資の傘下となるなど,多くの伝統的英国企業が消滅している。しかし逆に保守的な企業の経営風土が大きく転換する結果をもたらした。

 サッチャー首相の率いる政府のM&Aに対する姿勢は明快であった。国内企業同士の敵対的買収が相次いで国内政治の課題となったときでも,政府は市場に任せる自由放任主義をとっている。政府の方針を明確に示したのは,「テビット原則(Tebbit Doctrine)」と呼ばれる1984年7月に当時のノーマン・テビット貿易産業相が発表した原則である。ここでは,今後は企業買収に際して買収を阻止する理由となるのは,競争を阻害する影響が懸念される場合だけで,その場合には独占・買収委員会(Monopolies and Mergers Commission)に提示して審査が行なわれると明示した。これにより公共の利益といった理由は,買収の審査に乗り出すための根拠として不適当なものとなった。

 外資系企業の受け入れ拡大には,こうしたトップによる明確なメッセージや明確な基準が求められる。

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大木博巳

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