世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
信認と政策の有効性:アルゼンチン化する日本
(静岡県立大学 名誉教授)
2016.08.15
いろんな所に書いているが(例えば,浅沼信爾・小浜裕久『途上国の旅』勁草書房,第5章),筆者にとってアルゼンチンは思い入れのある国だ。初めてブエノスアイレスに行ったのは1985年8月末。1985年から87年にかけて行われた「アルゼンチン経済開発調査」というJICAが初めて実施したマクロ経済,輸出振興などの開発調査ミッションだった。「アルゼンチン経済開発調査」のリーダーは大来佐武郎元外務大臣,筆者は副総括だった。その報告書は「大来レポート(インフォルメ・オオキタ)」として人口に膾炙したが,アルゼンチンの経済社会を大きく変えるほど影響力はなかった。この調査の過程で多くの事を学んだ。以来10数回行って,合計すると7か月くらいブエノスアイレスにいたのではないだろうか。
30年前の「アルゼンチン経済開発調査」の過程でいろいろ面白い経験をしたが,ここでは外資の役割について紹介したい。第一は,ホンダのアルゼンチン進出。ホンダはブラジル北部のマナウスにオートバイのエンジン工場を持っていて,そこを拠点にアルゼンチンに進出する計画があった。当時もアルゼンチン政府は外資導入で経済活性化を図るという政策を標榜していたが,戦後日本同様,数多くのオートバイメーカーがあって,彼らはホンダの進出に反対。工業庁の長官・次官に,「ホンダは日本企業の中で海外進出に積極的な企業だ。他の日本企業もホンダの計画に注目している。もし日本企業の進出を期待するならホンダの進出を後押しすべきだ」と机を叩いて言ったが,結局頓挫してしまった。
UIAという日本の経団連に当たる様な団体におしゃべりに行った。UIAの会長がそのセミナーで,日本企業はなぜアルゼンチンに来てくれないのかって訊いたので,「アルゼンチンの企業も国内にあまり投資していないじゃないか,それじゃあ海外からも来ないですよ」って言うと,その会長さん何と言ったと思います?「こんな危ない国には投資できないですよ」だって。最初は冗談だと思った,でも本気だった。言葉が出なくなった。こんなに自国の経済の先行きにネガティブな見通しを持っていて,政府というモノを信頼していないと言うことに驚いた。
でも,いまの日本を見ると,その驚きは甘かったのかも知れない。かつて,日本経済は発展の一つのモデルだっただろう。しかしいまや「反面教師」だ(例えば,“Abenomics: Overhyped, underappreciated.” “Japan’s economy: Three-piece dream suit.” The Economist, Jul 30th 2016)。2014年2月15日のThe Economistはアルゼンチン特集だった。表紙はメッシの後ろ姿で,「アルゼンチンの寓話:他の国は100年の没落から何を学ぶか」というキャプションがついていた。
安倍首相は2016年6月1日,「これまでの約束とは異なる新しい判断だ」「『公約違反ではないか』との批判を真摯に受け止める」と言いながら,17年4月に予定していた消費税率10%への引き上げ先送りを表明した。「オオカミ少年」と酷評する人までいる(増税延期,「オオカミ少年」化する安倍首相(丹羽宇一郎氏の経営者ブログ),『日本経済新聞(電子版)』,2016年6月15日)。これから首相の言うことを,どうやって信じればいいのだろうか。
政府に対する信認が政策の有効性に影響する。日本政府のある経済閣僚が「法人税を下げてやったのに,企業はなぜ投資しないんだ」と不満を述べていた。民間企業も庶民もそれほどバカではない。「小手先の政策変更」や「口先」だけでは,人々は踊りはしない。
猪木武徳も言うように,同じ政策を採っても,その効果は様々である(「経済政策の立案 同じ処方箋でも効果様々…」『読売新聞(電子版)』2016年7月18日)。中央銀行に関する記事を読んでいたら,「Economies are founded on trust」という出だしだった(John Authers, “Central banks are not the enemy,” FT, July 28, 2016)。昔,テレビの司会者が,春先にプロ野球の優勝見通しを語って,「間違ったら坊主になる」と広言して,秋に坊主になった。日銀の副総裁は2年経って2%インフレが実現しなかったら辞めると言ったが,いまだにその地位にあって,それについて「説明責任」を果たしたいなどと,寝とぼけた事を言っているらしい。
小泉進次郎は「例えば消費税の問題にしても,みんな8%で済むなんて思っていない。だからいろんなところで僕は『消費増税は延期,だけど,やるはずだった充実の社会保障は予定通りやりますなんて,おいしい話は,そんなのできるわけないんです』と言ったら,何とそこで拍手が起きた」と言っている(『文藝春秋』,2016年8号,99頁)。
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