世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.674

世界の「鉄冷え」の元凶は中国

馬田啓一

(杏林大学名誉教授・国際貿易投資研究所理事)

2016.07.19

 今年7月上海で開かれたG20貿易相会合は,中国による鉄鋼の過剰生産について有効な対策の必要性を明記した共同声明を採択して閉幕した。

 鉄鋼の過剰生産問題をめぐっては,中国に構造改革を迫る日米欧と圧力を嫌う中国が対立している。中国の鉄鋼が安値で輸出され,世界の鉄鋼大手の経営が軒並み悪化していることがその背景にある。

■中国鉄鋼に相次ぐ米アンチダンピング税

 トランプ旋風が吹き荒れる米大統領選の影響も絡んで,米国では「中国叩き」が目立つ。オバマ政権は中国による鉄鋼のダンピング(不当廉売)に対する対抗措置を強めている。

 米商務省は今年5月,中国のほか,インド,韓国,イタリア,台湾など5カ国・地域から輸入される腐食に強い耐食鋼がダンピングされているとして,アンチダンピング(AD)税を課すことを決定した。中国の関税率は209%と最も重く,他の4か国・地域は3~92%程度である。

 さらに米国国際貿易委員会は6月,日本と中国の冷延鋼板に対し,AD調査の結果,「クロ」と最終決定した。米商務省もすでに5月,日中の冷延鋼板にAD税適用を決定しており,日本に71%,中国に265%のAD税が課せられる。

 AD税の対象は複数国に及んでいるが,税率の違いからわかるように,米国の標的は明らかに中国だ。だが,それを隠すための「中和剤」として中国以外の国が巻き添えにさせられたのである。

 米国が中国の鉄鋼ダンピングに神経をとがらせているのは,大統領選への影響を懸念しているからだ。共和党候補であるトランプ氏が,「中国によるダンピングで米雇用が喪失している」と,過激で保護主義的な発言を繰り返しており,これに煽られて,オバマ政権と与党の民主党は中国に対して強硬姿勢を示し,有権者の支持を得ねばならない羽目に陥っている。

 一方,米鉄鋼業の危機は中国のせいだけではないというのが中国の主張だ。世界経済の低迷が鉄鋼の過剰生産につながっているとし,米鉄鋼業をAD税によって保護するため,中国を「スケープゴート」にしていると反発,「AD税の乱用だ」と批判を強めている。

 米国のAD税に対して中国もWTO提訴など対抗措置を検討する構えである。「偽装された保護主義」をめぐり米中摩擦は激しくなりそうだ。

■鉄鋼の過剰生産と日米欧の中国包囲網

 鉄鋼の過剰生産問題の元凶は中国である。OECDによると,2015年の世界の鉄鋼の過剰生産能力は約7億トン,そのうち4億トンを中国が占める。中国の生産能力は11億トン,需要が7億トンだ。余った鉄鋼が安値で輸出され,世界の鉄鋼市場に悪影響を及ぼしている。

 そうしたなか今年4月,OECDはブリュッセルで,中国も加わり過剰生産問題について初めて閣僚級の会合を行った。しかし,過剰な生産能力の解消策については中国の反対で最終合意には至らず,9月に再協議することになった。

 5月にはG7伊勢志摩サミットが開かれ,首脳宣言では,鉄鋼の過剰生産問題について名指しは避けたが,市場を歪める政府の補助金に懸念を表明,中国に鉄鋼の過剰生産とダンピングの是正を求め,さらに,AD税などの対抗措置も辞さない姿勢を示すなど,G7による「中国包囲網」がつくられた。

 さらに6月には米中戦略・経済対話が北京で開かれ,経済分野では鉄鋼の過剰生産問題をめぐり激しい応酬があった。中国に減産を強く迫るルー米財務長官に対して,中国の楼継偉財政相は,中国の過剰な生産能力は,世界金融危機の「救世主」として世界経済を回復させるため大型投資をした結果だと反論した。

 オバマ政権としては11月の大統領選を控え,鉄鋼の問題で中国に厳しい姿勢を示し中国から譲歩を引き出したかったに違いない。しかし,中国が米国に譲歩したところで,米次期大統領が誰に決まるかで,先行きはどうなるかわからない。米中双方の主張は平行線をたどった。

■構造改革は幻想か,難しいゾンビ企業の淘汰

 ところで,昨年9月,中国政府は「国有企業改革に関する報告書」を公表,国家主導で国有企業の再編を押し進める戦略を打ち出した。再編によって過剰生産設備を減らし,非効率的な国有企業の経営改善を促す狙いがある。

 そうしたなか,7月,中国鉄鋼業界で国有大手の2社(宝鋼集団と武漢鋼鉄集団)が再編協議に入った。9月には中国杭州でG20サミットが開かれる。中国政府には,それまでに交渉をまとめ,過剰生産能力を抱えた国有企業の改革を進める姿勢をアピールしたいとの思惑が働く。

 一方,日米欧は,G7伊勢志摩サミットの議論を踏まえて,G20サミットの共同声明にも鉄鋼過剰生産の是正策を盛り込みたい考えだが,議長国の中国は消極的で最小限の言及にとどめたい意向である。

 「官製再編」に向けた動きが中国の過剰生産問題の突破口につながるかどうか。そのカギは,地方政府傘下の国有企業の再編にまで踏み込めるか否かだろう。

 中国は,3月の全国人民代表大会で2016年からの「第13次5カ年計画」を採択し,年6.5%以上の安定成長を目指すと表明した。同計画では,過剰な生産能力を抱える赤字体質の「ゾンビ企業」を淘汰する方針も打ち出している。

 しかし,ゾンビ企業の淘汰はそう簡単な話ではない。新たな不良債権の発生が避けられないからだ。中国では,景気の減速に伴って不良債権が急速に膨らんでいる。5月末の中国の銀行の不良債権残高は2兆元の大台を超え,融資全体に占める不良債権比率は2.15%と,リーマン・ショック時の水準まで上昇している。

 中国政府がゾンビ企業の淘汰を急げば,それによって潜在的な巨額の不良債権が一気にあぶり出される。それが信用収縮につながり中国経済への下振れリスクが強まることを,中国政府は最も恐れている。

 景気の腰折れや失業増加を生じない範囲でゾンビ企業を徐々に整理していくか,それとも痛みを覚悟して抜本的な処理に踏み出すか,過剰生産解消のスピードをめぐり,G20サミットに向けて中国と日米欧の間で激しい綱引きが続きそうだ。

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