世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
格差是正に向けてのミャンマーの取り組み
(東亜大学 特任教授)
2016.06.13
2015年の末にASEAN経済共同体が正式に発足した。ASEANの経済的統合の妨げとみなされたのがASEAN加盟国間の経済格差であった。とりわけ1995年以降に加盟したベトナム,ラオス,ミャンマーそしてカンボジアと先行加盟国とは大きな経済格差があった。ミャンマーについていえば,ミャンマーが社会主義体制をとっていた1962年から88年の四半世紀の間に近隣のタイやマレーシアなどと大きな格差が生じた。ASEANの国々が「東アジアの奇跡」といわれる驚異的な発展を遂げたのに対し,ミャンマーは後発開発途上国(LDC)のステータスに転落する有様であった。1988年ミャンマーでは大規模な反政府民主化運動が起こったが,これを弾圧して軍が政権を奪取した。軍は社会主義を放棄し改革開放に転じたが,欧米諸国から経済制裁を科され,思うように改革の実をあげることはできなかった。
ミャンマーで格差是正の本格的な取り組みが始まったのが,2011年に成立したテインセイン政権からである。同政権は何よりも経済的に先行したASEAN加盟国に追いつくこと,すなわち,貧困国を脱出し中所得国になることを目標とした。格差是正の切り札は経済成長であるが,それを実現するために経済全般にわたって経済改革に取り組んだ。とりわけ,金融,財政の諸改革に本腰を入れ,国内貯蓄を動員する体制を整えた。いうまでもなく経済発展の原動力は投資である。投資の源泉は貯蓄である。したがって,全国津々浦々から小零細貯蓄を集め,それを企業に貸し付け,投資に回す近代的な銀行システムの確立が不可欠である。その中核を担うのが民間銀行で,その育成に注力した。物価動向も貯蓄に影響を与える。名目金利よりも物価上昇率が高いと実質金利がマイナスになり人々は貯蓄意欲を失う。安定的なマクロ政策の運用も重要な意義を持っている。
財政も国内資源の動員に重要な役割を果たしている。財政支出のもっとも重要な源泉は税である。ミャンマーの問題はまだ近代的な徴税システムが確立していないことである。人々の納税意識も決して高くない。現在でさえ,税の取りはぐれをなくせば,外国援助を大幅に減らせるとさえいわれている。他方,歳出面に目を転じると,軍政時代,公共投資を大幅に増やしたために国債を乱発し,高率のインフレを招いた。そのためテインセイン政権は財政赤字をGDPの一定の範囲内に抑えることとし,野放図な国債発行を避けるため中央銀行を政府の一部局から独立させ中央銀行の本来の役割である物価の番人の役割を担わせることにした。また,効率の悪い国有企業を民営化する方針を打ち出した。
他方,テインセイン政権は外資の導入に力点をおき,①経済制裁の撤廃,②為替改革および③投資環境の整備に力を入れた。同政権発足時,外資導入の大きな障害となっていたのは欧米諸国から科せられていた経済制裁である。同政権は思い切った民主的改革および国民和解を推し進めた。欧米諸国とりわけ米国は同政権の努力を評価し,米国企業による新規投資を認めたほかミャンマー産品の輸入禁止措置を撤廃し,さらに金融取引の制限も解除した。EU諸国も特恵関税を再適用し,日本も円借款の再開を決定した。外国投資の重大な障害となっていたのは複雑な為替制度である。2012年4月,それまでの複数レートが存在するマルチ・レート・システムに代わり管理変動相場制が導入された。これによりどのレートで換算するかという厄介な問題がなくなった。そのほかの金融分野の改革として,外国銀行の支店営業が認められ,証券取引所が開設されたことを挙げておきたい。後者についていえば,まだ上場企業が2社と少ないが,企業倫理,納税意識が高まることが期待される。
制裁解除で確かに外国投資(FDI)がふえたことは間違いないが,投資環境が劣悪で二の足を踏んでいる企業も多い。テインセイン政権は外国投資法および経済特区法を改正するとともに援助を活用しながらハードのインフラ整備に力を注いでいる。後者では,運輸・交通,通信,電力,経済特区などに重点が置かれている。運輸・交通ではミャンマーと隣国を結びつける国際道路が完成すれば,物流が大幅に改善され国際分業が可能となる。また,経済回廊にすれば通過する州の開発にも資するであろう。通信では外資系企業も参入し携帯電話が爆発的に普及している。物的インフラの最大のネックは電力である。日本が電力のマスタープランを作るなどこの分野の支援を本格化させている。経済特区ではティラワのそれが昨年すでに部分開業し,数十社の企業が進出を決めている。
テインセイン政権になり,援助を利用しながら経済改革や投資環境の改善が推し進められたが,まだ緒についたばかりである。先行アセアン諸国にキャッチ・アップするのは,改革が順調にいったとしてもまだまだ先のことであろう。
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