世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.742

アジアの経済発展と市場経済

西澤信善

(東亜大学 特任教授)

2016.10.31

 第二次大戦終了後,アジアの国々は資本主義,社会主義の両陣営に分裂し,軍事的にイデオロギー的に激しく対立する冷戦体制に組み込まれた。一部の国々はいずれの陣営に属さない第三世界の道を選択した。冷戦体制は1950年代後半には確立し,1990年前後まで続いた。第二次大戦終了後は米国が圧倒的な軍事力,経済力を保持しており,資本主義陣営に属した国々は米国と軍事同盟を結んで社会主義国に対峙し,また,同国の経済支援を受けながら政権を安定させ,経済発展を開始した。一方,社会主義の雄・中国は1949年国共内戦を制した中国共産党が中華人民共和国を樹立した。ソ連の支援を受けながら1953年に第1次5か年計画を始め,重化学工業を優先的に発展させるソ連型の開発路線を志向した。資本主義陣営は共産主義の浸透を食い止めるため開発ドライブが,また,社会主義陣営には,「社会主義経済の優位性」を示すプレッシャーがそれぞれかかっていた。

 資本主義陣営は1950年代後半から成長を開始した日本を先頭に,60年代に入って韓国,台湾,香港,シンガポール,タイが,また,1960年代後半から70年代にかけてマレーシア,インドネシアが成長を開始した。他方,中国では1958年に農業国・中国の飛躍的な発展をめざし大躍進運動が開始された。毛沢東が理想郷とする「人民公社」を設立し農業の集団化を推し進めた。しかし,餓死者が2千万人から4千万人も出す大失敗に終わった。この大躍進政策の失敗をめぐり指導者間で権力闘争が激化し,これがやがて毛沢東の文化大革命の発動につながっていく。文革は毛沢東の復権と権力基盤を固めるための権力闘争であったが,1960年代の半ばからおよそ10年にわたって中国社会を大混乱に陥れ周辺諸国に経済的に大きな後れをとる原因となった。ベトナムでは1960年から75年まで激しいベトナム戦争が繰り広げられ,共産主義側の勝利に終わったものの甚大な人的,物的被害をこうむった。1970年代終わりころには資本主義陣営にあって目覚ましい経済発展を遂げた国々と社会主義陣営とは決定的な経済格差がついていた。この格差こそ社会主義国に改革を促す重要な要因となったと考えられる。

 1970年代の終わりころから中国,ベトナムで経済立て直しの改革が始まった。この動きは80年代に入ってソ連,東欧にも波及した。先行した中国の改革が他の社会主義国の改革の一つモデルになったといえよう。経済改革の核心は,市場経済の導入と経済の開放化であった。市場経済は資本主義の核心部分であり,それを大胆に取り入れたということはもはや資本主義を敵視し,対立する理由がなくなったことを意味する。市場経済というターミノロジーは資本主義に代わる言葉として,この時期から広く使われるようになったと考えられる。また,開放政策とは資本主義陣営から投資を受け入れ,貿易を活発化させることである。タイのチャチャーイ首相が「インドシナを戦場から市場へ」と訴えたのは両陣営の協力と経済交流を呼びかけたものであった。こうした動きがただちに冷戦を崩壊させたわけではないがその一里塚になったことは確かであろう。1989年には米ソの両首脳による冷戦終結の宣言があった。ソ連・東欧諸国では何億という人が社会主義からの離脱を望んだ。

 冷戦が終結した1990年頃からアジアの経済発展は新しいステージの時代に入ったといえる。90年代に入ると中国は鄧小平の南巡講話で改革開放を加速させ社会主義市場経済の旗印のもとにさらなる高成長を持続させた。また,インドも1991年に自由化政策を採用し,成長の隊列に加わってきた。ASEANはベトナム,ラオス,ミャンマーそしてカンボジアの4か国を新たに加え,人口6億人の一大経済圏になった。他方,日本は「失われた20年」といわれ2010年にはGDPで中国に抜かれ相対的に経済力を落としたことは確かであるが,依然としてそのプレゼンスの高さは変わりない。このようにアジアでは四極構造が鮮明になり,アジア全体が一段とスケール・アップした成長センターとして登場してきたといえる。しかも冷戦時代と異なる点は,この四極が互いに協力と統合を深めようとしていることである。そのイニシアティブをとっているのがASEANである。ASEANはASEAN自由貿易地域(AFTA)を完成させ,また,アジア開発銀行が提唱しメコン地域の統合を目指すGMSプログラムの推進役を担っている。2003年にはASEAN共同体を打ち出し,2015年末にはASEAN経済共同体が実現した。さらにASEANは日本,中国,インド,オーストラリア,ニュージーランドを包含した東アジア地域包括的経済連携(RCEP)においても,政治的対立や経済的利害を調整しながら統合のハブとしての役割を果たそうとしている。

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