世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.642
世界経済評論IMPACT No.642

米国大統領選挙に見る米国社会の大分裂

齋藤 進

((株)三極経済研究所 代表取締役)

2016.05.16

 米国大統領予備選挙では,不動産王のドナルド・トランプ氏が,共和党候補の正式な指名を獲得することが実質的に決まった。クルーズ上院議員など,他の全ての候補は,予備選から撤退したからである。民主党では,クリントン前国務長官がリードしているが,サンダース上院議員との戦いが継続中である。

 共和党では,トランプ候補と,同党指導部が二つに割れている。民主党も,クリントン支持派と,サンダース支持派に二分されている。

 1981年のレーガン政権以降の共和党は,経済自由主義万能の政策を追求して来たと言えよう。具体的には,小さな政府,社会保障支出の削減,規制緩和,高額所得者・富裕層に対する大規模減税(累進税率の大幅削減),国際貿易の自由化・国際資本移動の自由化の推進などである。

 1930年代の大不況期に開始されたルーズベルト政権期でのニューディール政策,社会保障充実政策などを,国際貿易の自由化の推進を除けば,180度引っ繰り返すことが目指された訳である。

 対外政策では,強大な軍事力にもとづいたタカ派の姿勢を維持して来た。レーガン政権・ブッシュ(父親)政権期には,大軍拡で,旧ソ連を経済的に屈服させる政策を追求したと言えよう。

 旧ソ連が崩壊した後も,米国は大幅な軍縮には踏み切らず,大軍事力を基にした世界の1極支配を目指したと言えよう。その行き着いた先が,2001年以降のアフガン戦争,イラク戦争,リビアのカダフィ政権の軍事的な転覆,シリアへの軍事介入などで,米国の国際的な信用や威信が失墜するに至ったと言えよう。

 1993年以降のクリントン民主党政権も,カナダ・メキシコとの北米自由貿易協定の締結など,国際貿易自由化・国際資本移動自由化を更に推進する方策を取った。

 オバマ現民主党政権のTPPや,韓国などの諸国との自由貿易協定の締結も,クリントン政権の対外経済政策の延長線上にあると言えよう。

 クリントン政権が取った経済政策の中で,極め付きのものは,グラス・スティーガル法の廃止で,商業銀行業・証券業の間の垣根を取り払ってしまったことである。その後に,株式市場などの金融資本市場の振幅の大拡大,経済活動の不安定化を招いたと考えられる。

 サンダース上院議員ばかりではなく,ポール・ヴォルカー米国連銀元議長,共和党のマケイン上院議員なども,同法の再制定を主張している。

 1980年代初頭からの政策変更の帰結は,資産が極少数者に極端に集中し,極端な不平等が現出したことによってもたらされた米国社会の大分裂と言えよう。

 最近100年間余りの米国の資産分布・所得分布の推移を研究した論文は,学界,米国連邦議会,政府,民間シンクタンクなど,様々な方面から多く出されている。

 その中でも,特に有名なエマニュエル・サエズ等の一連の論文によると,1978年~2012年の間に,米国の資産分布のトップ0.01%への集中度は,2%から11%へ,トップ0.1%への集中度は,7%から24%へ,トップ1.0%への集中度は25%から43%へ,トップ10%への集中度は68%から78%へと上昇したという。

 90%の米国人は,残りの20%余りを,細々と分け合っているに過ぎない。このボトム90%の層(ボトムと呼ぶには,余りにも大多数であるが)の資産の3分の2余りは,年金だけである。

 このボトム90%のシェアは,1980年代初頭には,37%前後あった。要するに,最近の30年間余りで,ボトム90%のシェアは,半分近くに縮小した訳である。

 最近の35年余りで,資産分布が極端に不平等になっただけではない。その期間に,実質賃金の水準も,長期低迷を続けているのが,米国社会の実状である。

 この期間に,米国の1人当たり実質GDPの水準は,80%以上も成長している。

 米国の実質賃金の水準の長期低迷は,米国経済全体の長期低迷に起因する訳ではなく,経済成長の成果が,労働側ではなく,ほとんど資本側に帰した事を表しているに過ぎない。

 このような事は,前記のような1980年代初頭以降の米国の基本政策の結果として起きるのは,事前に十分に予想されたはずである。

 特に,国際貿易自由化・国際資本移動自由化の推進が,先進経済圏の労働者には,非常に不利に働くことは,国際経済学に少しは通じている者には,ある意味で自明の事であったはずである。国際的には,実質賃金率には,平準化に向けての圧力が掛かるという事である。高い先進経済圏の実質賃金率には低下圧力が,低い新興経済圏の実質賃金率には上昇圧力が掛かる訳である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article642.html)

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