世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.639

パナソニックの中期計画策定に思う

安積敏政

(甲南大学経営学部 教授)

2016.05.16

 日本のエレクトロニクス業界の代表的企業の一つであったパナソニック(旧・松下電器産業)は,長年,成長性と収益性の両面で厳しい局面が続いている。1991年度の連結売上高の7兆4,500億円は,四半世紀後の2015年度においても7兆5,537億円とほぼ横ばいである。単なる横ばいではなく,この間,2004年度には当時売上高1.3兆円の上場企業松下電工と,2009年度には当時売上高1.6兆円の上場企業三洋電機を子会社化した上での経営数字である。単純に合計すれば3兆円近い売上高が連結されたにもかかわらず1991年当時の連結売上高は四半世紀後も変わらない。同社の事業再編の中で新たに加算された売上高は消滅し,売上高成長率は実質的には大幅なマイナスである。

 一方,パナソニックの同期間の海外売上高比率は,50%前後で推移し,ボトムが1995年の45.1%,ピークが日本ビクターの海外子会社を連結した翌年の2003年の53.5%である。少子高齢化・人口減少社会にありバブル経済崩壊後の長期停滞にある日本国内での成長率がゼロであり,同時に中国・インド・ASEAN等アジア新興国を中心とした海外市場トータルでの成長率もゼロである。その結果として,同社の海外売上高比率は上昇することなく50%前後で推移し,連結売上高は長期にわたりゼロ成長となっている。国内におけるマイナス成長を,ダイナミックに成長する海外市場での伸びでカバーし,連結でプラス成長を確保するという“勝ち組企業”のパターンにはなっていない。

 パナソニックは1991年から「失われた四半世紀」の間に3年間を対象にした中期計画を8回策定している。それらの計画には「再生3ヶ年計画」,「発展2000年計画」,「創生21計画」,「躍進21計画」,「新中期経営計画」などの名称がついている。各回に共通している計画目標は「連結売上高10兆円必達」である。この間,『悲願の10兆円』にも拘わらず中期計画最終年度にその売上高目標を達成したことは一度もない。公表される未達の理由は,予期せぬITバブル崩壊,予期せぬリーマンショック,予期せぬタイの洪水,予期せぬ円高,予期せぬ欧州経済混乱,予期せぬ韓国企業の大躍進,予期せぬ中国経済の大幅後退などである。直近の中期的計画(2016~2018年度)に関しては,「創業100周年を迎える2018年度の売上高10兆円の目標」を2016年3月に撤回し「8.8兆円」に目標を引き下げ,利益成長を重視した経営(2018年度の営業利益目標5,000億円,純利益2,500億円以上)にシフトすることを公表している。ここでもまた掲げられた『因縁・悲願の10兆円』の旗は途中で,というよりは開始前に降ろされている。増収増益の構図が相変わらずできていない。

 企業を取り巻く世界的な経営環境の変化は,1991年以降突然起こったわけではない。1973年の円の固定相場から変動相場へ移行した際の企業経営の混乱,1973年の第一次石油ショック,1979年の第二次ショック,1985年のプラザ合意以降の急激な円高などを思い起こせば十分かもしれない。企業を取り巻く経営環境は,毎年ダイナミックに変化してきたのである。変化するのが「常態」であり,その中でのグローバル視点からの経営の舵取りと予期せぬ環境変化への足腰の強い現場対応力が企業の命運を分ける。

 日本経済の「失われた10年」が「失われた20年」となり,今「失われた四半世紀」を迎えている。パナソニックのこの四半世紀に及ぶ連結売上高ゼロ成長は,日本の「勝ち組業種」と「負け組業種」の差や,同業の中でも「勝ち組企業」と「負け組企業」の差を考える上で格好の事例研究となろう。同社が過去五月雨式に行った数万人規模の国内・海外の従業員の早期退職や人員削減は確かに赤字を止血し収益性改善には大きな貢献をした。瞬間的な縮小均衡という意味での成果である。しかしながら,この改善がその後の同社の増収増益という拡大均衡にはほとんどつながっていない。

 筆者に毎年依頼される年間20件超の大手企業からの講演の中には,過去,「ワーストプラクティスとしてのパナソニックの企業経営から学ぶ」というタイトルで役員候補の経営幹部に話をして欲しいというのがあった。学者になった時点で,30数年,勤務先として身を置いた「パナソニック」や「エレクトロニクス産業」は研究対象外と決めていたこともあり,“専門分野外”ということでこの講演依頼は丁重にお断りをした。現役の企業勤務時代には「ベストプラクティスとしての松下電器のグローバル経営」といったタイトルで講演依頼を多数受けたことを思い出すと,真逆の今日の講演依頼テーマは,筆者に企業の劇的な盛衰を否応なく感じさせ,正直,複雑な心境となる。

 パナソニックの長期にわたる業績低迷の原因については,ジャーナリスト,評論家,学者などから多くのことが語られている。とある出版社から『パナソニック人事抗争史』のような刺激的なタイトルの書籍が発刊されたが,出版社の営業的観点や野次馬的読者の視点からは面白い内容かもしれない。しかし,いまだこの本を手にしたことが無い筆者にとっては,それが同社の長期業績低迷の本質的な原因なのだろうかという素朴な疑問を持っている。

 同社の8回にわたる中期計画未達を社外から見ると,世界経済の構造的な変化や世界のライバル社との熾烈な国際競争の先行きがあまりよく見えていないのではないかという疑問がわく。どの企業でも全社的な中期計画策定には,まず策定の前提となる3年~10年の経営環境が社内で詳細にプレゼンされる。政治経済社会に関する基本的なマクロ環境や,世界のライバル他社のこの先のグローバル戦略や自社との競合予測,異業種からの参入予測,新規技術による既存技術の急速な陳腐化や新たな市場形成などである。過去に長期にわたる成功体験を持つ企業に共通しているのは,過去の延長線上に経営環境を予測しがちなことである。国内や社内に引き籠りがちな企業風土や企業体質下ではそれが心地良さにつながるので,その甘い予測に異論は起こりにくい。

 結果として,策定時に自社のこれまでの優位性を築いてきた事業と地域におけるコアコンピタンス(核となる国際競争要因)の急速な喪失に気が付きにくく,スピード感の無い経営に陥るのであろう。パナソニックの8回の中期計画未達の理由として毎回同社から共通して語られてきたのは「予期せぬ経営環境の変化が発生した」ことと,「それら経営環境変化への社内対応力に問題あり」の2つである。世界の構造的な変化や熾烈な国際競争への洞察力(insight)と先見力(foresight)の全社的な欠落が気になる今日この頃である。

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