世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.637
世界経済評論IMPACT No.637

グローバル化とイノベーションの階層性:鴻海によるシャープの買収と関連させて

石田 修

(九州大学大学院経済学研究院 教授)

2016.05.09

 企業は「資源の束」であり,資源を管理する組織である。組織には,ルーティーンに充用されている資源を効率的に管理する経営者機能がある。これは,現行ビジネスを左右する。また,資源を将来に向けてどのように活用するかを決定する企業家機能もある。これは,企業の成長に影響する。ここでは,企業の成長を左右する,余剰資源活用の戦略に注目してみたい。

 余剰資源の活用戦略を大きく2つに分けて考えてみよう。余剰資源を,製造プロセスや革新的技術を体現した製品開発という技術力のイノベーションに振り向けるか,それとも商品利用や製造・流通のルールを構築するためのイノベーションに振り向けるかいう戦略がある。前者が,プロセス・イノベーションやプロダクト・イノベーションであり,そして,後者がビジネスモデル・イノベーションである。経済のグローバル化のなかで,バリューチェーンは国境を越えて分散し,イノベーションの機能分担も国境間で進んだ。具体的に考えると,プロセス・イノベーションは台湾の鴻海が中国で実行し,プロダクト・イノベーションは日本のシャープや韓国のサムソンなのどの企業が行い,ビジネスモデルの創造・維持は米国のアップルが分担していると考えることができるであろう。

 ビジネスモデルとは,生産や流通に係わる技術力そのもというよりも,それを統合しビジネスに適応するルールを整備し,企業間に,そして消費者を含めた社会全体に,商品を認知させる手法であると考えられる。したがって,ビジネスモデルとは,商品の技術使用から消費方法,そして商品の消費に関する社会的規範の整備など,多様な「ルールの束」であると定義できる。そして,一端ビジネスモデルが確立できると,ネットワークを基盤として構築されるバリューチェーンの生成・再編・消滅というライフサイクルを主導できるとともに,製造プロセスや周辺業務の効率化であるプロセス・イノベーション,部品の技術開発などのプロダクト・イノベーションを他企業に外注することが可能となる。

 イノベーションのために余剰資源を活用するにはリスクをともなう。なかでも,ビジネスモデル構築には高いリスクがある。たとえば,携帯音楽プレーヤのiPodは,ハードウエアならば,日本企業でも韓国の企業でも製造できる。しかし,インターネット上でデジタル化したコンテンツの販売は,知的所有権の社会的規範の大幅な変更が必要であり,実現には社会的摩擦が非常に大きく,企業家は社会的ルール作りに非常に高いリスクと忍耐を覚悟しなければならない。同時に,高いリスクをとり,デジタルでの音楽販売のインフラ整備が成功すればビジネスモデルを確立できる。

 ここに,イノベーションの階層構造が生まれる。コアとしてのビジネスモデルの構築・再編に業務を集中する企業は,ルールの構築により自社に有利となるように価値を獲得することができる。また,確立されたビジネスモデルに参入可能な技術力をもった企業は,プロダクト・イノベーションやプロセス・イノベーションに力を注ぎ,ビジネス・モデルを構築した企業に貢献することで,価値の配分を受ける。プロセス・イノベーションにより効率的な生産・組み立てを行う巨大EMS企業の出現,そして,プロダクト・イノベーションにより次世代の商品開発に必要な部品技術の開発を進めるサプライヤー間のグローバル競争により,刻々と変化する新商品のバリューチェーンが形成・消滅する。

 日本企業は,企業家が市場を感知し,ネットワークから情報を入手し,その情報を企業内にすばやく取り入れ,知識生産をおこない,知識を迅速に利用し,戦略的にバリューチェーンを組織するためのルール構築を行うことができなかった。日本企業は,どちらかと言えば,過去の成功体験に縛られ,従来のルーティーンを維持し,その効率化を進めることに戦略の比重をおいた経営者が組織をリードした。あるいは,企業家は製品レベルのイノベーションに資源を利用し,新たな市場を創造するルールの構築に力を注ぐことを回避した。経営者主導による,効率的資源の利用という戦略,そして企業家の技術志向のプロダクト・ベーション戦略が,日本の家電メーカーの退潮をもたらしたのかもしれない。そして,グローバル化の中で製造工程に資源を集中的に利用した鴻海が,製品レベルのノベーションに資源を活用していたシャープを買収することとなった。プロセス・イノベーションに依存した企業成長戦絡が,プロダクト・イノベーション指向のシャープの成長戦略を凌駕したことに,グローバル化のなかでのイノベーションの階層性を垣間見ることができる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article637.html)

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