世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.633
世界経済評論IMPACT No.633

東アジアの観光市場と観光共同体の可能性

唱  新

(福井県立大学経済学部 教授)

2016.05.02

 アジア新興国の所得水準の上昇に伴って急拡大しているのは観光市場である。国連世界観光機関(UNWTO)の報告書によると,2012年には全世界の観光目的の旅行者数(到着者数)は延約10億人の大台を超えて,2020年には延約13.6億人,2030年には延約18.0億人と増加していくと予想されている。観光産業は世界GDPの9%,雇用の9.1%,輸出額の6%,サービス貿易輸出の30%に相当する一大産業部門となっている。

 アジア太平洋地域は欧州に次ぐ世界第2位の観光市場であるが,とくに東アジアでは2000年以降,中国とASEANの経済成長に伴って,観光市場も急速に拡大されてきており,東アジア新興市場の重要な部分となっている。なかでも中国とASEANの観光産業が目覚しい発展を遂げつつある。

 2013年には東アジア(ASEAN+3+台湾,香港)の観光客受入数は約2億人で,国際観光収入額は2,398.8億ドルとなっており,世界の国際観光客数(10.9億人)と国際観光収入総額(約1.2兆ドル)の約20%を占めており,EU(国際観光客数約5.6億人,国際観光収入約4,890億ドル)に次ぎ,世界第2位の国際観光地域である。また,大都市別の国際観光客受入数についてみると,世界上位20位には,タイのバンコク(第2位),シンガポール(第4位),マレーシアのクアラルンプール(第8位),香港(第9位),台北(第15位),上海(第16位),東京(第19位)などの東アジア大都市がランクインされている。

 2013年時点では,東アジア諸国の中で,ASEANの国際観光収入は1,073.9億ドルである。この金額は中国(516.6億ドル)の倍,日本(149.3億ドル)の約6.2倍であり,東アジア全体の44.7%という圧倒的なシェアを占めている。

 また,海外観光支出額に関しては,東アジア全体では,1995年の830.7億ドルから2011年には2.5倍増の2,044.4億ドルとなっているが,その内,中国は790.1億ドルでもっとも多く,それに続いて,ASEAN(447.9億ドル),日本(397.6億ドル),韓国(217.3億ドル),香港(191.4億ドル)の順となっている。

 この海外観光支出に関してとくに注目されるのが,中国とASEANの海外観光支出額の急増である。海外観光支出額が横ばいの日本と比べ,韓国と香港は増加しつつあるが,中国は1995年の36.9億ドルから2011年の790.1億ドルへと20倍増であり,同期間のASEANは149.7億ドルから447.9億ドルへと3倍増となっている。このことは,いうまでもなく所得水準の上昇に伴う旺盛な海外観光需要を反映したものであり,海外観光支出額の増加は著しい。

 東アジアは約21億もの人口をもっているだけでなく,悠久な歴史と文化,多様な生活スタイル,豊かな自然環境などにより,歴史,社会,文化,人文などの豊富な観光資源に恵まれており,観光産業は投資や貿易と並んで,東アジア経済を支える新たな原動力として,巨大な潜在力をもっているといえよう。

 さらに急速に拡大しつつある観光市場においても,域内観光が圧倒的なシェアを占めているのは,東アジア地域観光市場の特長ともいえる。今後,各国における観光資源の整備,さらなる所得水準の上昇に伴って,投資・貿易の拡大による自然的経済圏とならんで,EUを凌駕する東アジア観光圏も浮上しつつあり,観光産業も東アジアの新たな成長をもたらす有望なセクターになると期待できる。

 こうした中で,観光分野の地域統合がとくに進んでいるのはASEANである。ASEANは観光分野の地域統合を「ASEAN共同体」(AC)の優先分野の一つとして位置づけており,現在、ASEAN機構の中で、外務大臣,経済大臣,交通大臣の会合と並んで,観光大臣会合が毎年開催されている。この観光分野における地域統合の対策として,2002年には首脳レベルで「ASEAN観光合意」(ASEAN Tourism Agreement:ATA)に署名がされて以来,2004年に経済大臣による「観光に関するASEAN分野別議定書」の「観光分野の統合に関するロードマップ」(Appendix Ⅰ Roadmap for Integration of Tourism Sector:RITS)が,2011年には「ASEAN観光戦略計画」(ASEAN Tourism Strategic Plan:ATSP)が採択された。

 その中には,地域住民の生活の質の向上や機会の増大などの観点から観光の持続的可能性を目指して,定められた一貫した目標として,「域外からASEANへの,及びASEAN域内での旅行の促進」,「観光産業の効率性・競争力向上」,「観光関連取引の制約の縮減」,「観光魅力の極大化のための統合的なネットワークの形成」,「世界標準の施設・魅力を持つ単一観光市場化」及び「人材育成や施設・サービスの向上のための相互協力の強化」などの項目が盛り込まれている。

 今後,この観光分野の地域統合をASEANから東アジアに拡大させ,「東アジア観光共同体」の構築を真剣に考えるべきではないかと思う。今の東アジアはまさにその時代の曙を迎える時期に来ている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article633.html)

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