世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.607

EU難民をめぐって

平岩恵里子

(南山大学外国語学部 准教授)

2016.03.07

 EUへと移動する移民・難民を私たちはどう考えたらいいのだろう。昨年は約104万人が中近東,アフリカなどからEUに流入した。その勢いは今年になっても衰えず,UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によれば今年はすでに13万人が地中海経由でギリシャに到着している。その大半がシリア内戦を逃れてきた人々だ(そのうち400人を超える人々がエーゲ海で溺れ,あるいは行方不明となっている)。これは毎日2,000人を超える人々が流入していることを意味する。IMO(国際移住機関)の予測によれば,2016年にはなお100万人を超える難民がEUに流入すると言われている。彼らの多くはトルコからギリシャに上陸後,マケドニア,セルビア,クロアチア,スロベニア,ハンガリーへ北上する,いわゆるバルカンルートを経て,オーストリア,ドイツを目指す。シチリア島上陸後にイタリを北上し,スイスに入るルートもある。

 ただ,そうした経由国は今刻々と国境管理の強化に乗り出している。バルカンルートを逆に辿ると,ドイツは難民法を改正して難民申請者に制限項目を設け,オーストリアは一日に入国する難民を3,200人に制限し,ハンガリーは国境にフェンスを設置した。マケドニアは難民入国数を一日580人に制限し,国境に有刺鉄線もひいた。これから暖かくなりEUに逃れようとする人々も多くなる中で,これは事実上の流入拒否を意味するし,実際,人々はギリシャから出られず行き場を失っている。事態は深刻で,3月に入りEUはギリシャにとどまる難民対象に7億ユーロ(870億円)の緊急人道支援を行うと発表した。EUが域内に向けた緊急人道支援をするのは初めてのことである。これまでは中東やアフリカが対象であったが,足もとの緊急事態に対処せざるを得なくなった。

 人の域内における移動の自由を保証するシェンゲン協定は,EUの理念を象徴するものであった。しかし,難民受入れに積極的に取り組みEUを主導してきたドイツのメルケル首相から勇ましさが消えたように見える。国境管理が復活し,難民受け入れをめぐって各国が分裂しお互いが疑心暗鬼になっている。財政再建の圧力を受けているギリシャにとって,行き先を失って増え続ける難民の責任までも押し付けられてはつらい。

 紛糾するEUの一方で,国外に逃れる難民だけでなく,シリア国内には700万人を超す国内避難民がいる。これまでにシリアからEUへ逃れた難民を合計してみると,シリア人口約2,200万人のおよそ半数の人々が何らかの救済を必要としていることになる。そして,そのシリアにも,3万人を超える難民がいる。ほとんどがイラクからやってきており,アフガニスタンやソマリアからの難民もいる。人口のおよそ半数が難民・避難民として生活の基盤を失う一方で,国外からの難民もいるシリア。誰のための国か。

 他方,難民を人の移動と割り切って捉え,そうした人々が受入れ国にもたらす経済的な影響を考えてみる。長期的には2016年に予測される100万人の難民のうち,半数の50万人がドイツに入ると言われている。ドイツではすでに100万人の難民申請が行われている。こうした人々は短期的には経済的な負担を強いるが,OECDによれば,長期的には(2017年までには)経済にプラスの効果をもたらし,各国のGDPを平均して0.2%から0.3%押し上げ,特にドイツはより多くの恩恵を受けるとしている。こうした推計は,経済学的に見ると,一般的に移民は受入れ国の厚生を上昇させることが分かっていることと整合的だ。もちろん,そのためには難民が受入れ国の社会の構成員として受け入れられ,労働者として自立することが大前提となる。ただ,おそらく楽観的に過ぎる。その道筋には今以上の社会的な混乱や軋轢が待ち受けるだろうし,様々に楽観的な条件が整わない限りいかにも遠い。実際,移民を受け入れてきた国々に様々に社会的な矛盾が生じているのは事実だ。

 EUに向かった難民の源流,つまりシリアに遡り内戦解決をすることで上流からの流れをいったん止めて流れを戻すか,あるいは,流れ行く先に留まり年月をかけて肥沃な扇状地となるか。ただし,バルカンルートが閉ざされた状況では,その道もまた遠い。国境管理を強化するにしても,緊急支援をするにしても,短期的な対応策とその後の中・長期的なロードマップを描くには,やはりEUの結束が欠かせない。そこがジレンマであるように思う。

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