世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3625
世界経済評論IMPACT No.3625

トランプ支持者と移民,非色,経済など

平岩恵里子

(南山大学国際教養学部 教授)

2024.11.18

 米国大統領選挙の主な争点の一つだった移民問題。不法移民を強制送還させるというトランプ氏が支持され,ハリス氏は民主党にとって大事なラティーノ票をかつてほど引き留めることができなかった。合法に入国しアメリカに定着しているラティーノ達にとって,同国人であっても不法に入国した人々を歓迎できない。一昨年,テキサス州の知事(共和党)は中南米からの移民をバスに乗せて北部に送り込み,送り込まれたニューヨーク市が対応に苦慮していた時,「国境沿いの町が日々対処している問題のほんの一部が彼らの玄関先まで持ち込まれた途端,彼らは突然狂乱した」と述べていた(BBC)。この秋,マンハッタンのチャイナタウンで中国人やラティーノとも連携して移民・労働者支援を行うNPOに話を聞いた時も,ニューヨーク市が不法に入国した人々に公的資金を使う(シェルターや衣食提供等)のを否定的に語っていた。労働環境の悪化やチャイナタウン再開発による家賃上昇が問題であって,場当たり的な対応で公的資金が結局はシェルター建設会社に流れてしまうことを批判した。後から来る人々への眼差しは,厳しい。

 移民を受け入れることによる経済的効果は,多少の議論はあっても,概ね肯定される。移民を受入れていると必ず社会秩序が失われる,という主張を裏付ける確たる証拠もない。グローバルで自由な経済活動は企業にとっても個人にとっても可能性を広げるし,生産は途上国に移って雇用と貿易を拡大させ,先進国は金融やITなど高付加価値のサービス産業にシフトして双方の国が富む。そのような世界を渡り歩くことが出来る人々,特に裕福で高学歴の人たちは成功の階段を駆け登って豊かな生活をエンジョイできるが,そうでない労働者や低学歴の人々は自分の街に取り残されたままだ。CNNの出口調査によると,個人の年収が5万ドル以下の場合,ハリス支持47%,トランプ支持50%。年収5万ドル以上だと,ハリス支持49%,トランプ支持48%。その年収が10万ドル以上の層になると,ハリス支持51%,トランプ支持46%。年収の高い層はハリス支持,年収の低い層はトランプ支持,に傾いている。格差是正を旨としていた民主党の支持基盤が,高学歴・高所得,気候変動などグローバルな問題にも関心を寄せる意識高い系の層になった,と判断するのは穿ち過ぎだろうか。

 選挙前の9月にPew Research Centerが行ったサーベイによれば,不法移民の強制送還に賛成するのは,トランプ支持者の88%,ハリス支持者は27%。不法移民がアメリカ市民と結婚すれば国内で生活・就労してもよいと考えるのは,トランプ支持者37%,ハリス支持者80%。移民への眼差しも,トランプ支持者の59%は移民が増えると自分たちの生活が悪化すると答え,ハリス支持者の65%は自分たちの生活に影響はない,と答えている。トランプ支持者は移民が選挙戦の最重要課題だと考え,生活苦や犯罪と結び付けて否定的な態度をとる。一方で,国境管理が重要であること,熟練移民は歓迎であること,に関しては,両者の支持者は一致する。トランプ支持者は低年収・低学歴なのに熟練労働であろう高学歴者の移民は歓迎するのは,国内の高学歴者に対する眼差しと矛盾するようだが,”immigrants like us”がとにかく招かざる客,である。

 有吉佐和子の「非色」は,戦後,プエルトリコ人と結婚しアメリカに渡った日本人の主人公を軸に,アメリカにおいて後からやってくる人々への厳しい眼差しを描きだした。ユダヤ人,イタリア人,アイルランド人,黒人,プエルトリコ人へと,差別の対象が順送りになる。自分よりも「下」を探す感情と,自分達と同じ労働市場に参入してくる移民への拒否感とは同じ土俵では語れないけれど,差別意識や被害者意識はきっかけさえあれば吹き出す。

 日本はつい最近までは移民の送出し国で,政府が積極的に移住を奨励していた。明治以降,狭い国土,農業生産の限界,生産年齢人口増加の圧力の課題を解決するためにハワイや南米,アメリカに移住を進めていたし,第二次世界大戦の折には軍部が満州移住を推進していた。戦後1957年の外交青書にも「狭い国土にひしめき合う人口,狭い耕地面積に頼る農業生産の限界,農村での就労機会減少」の解決にラテン・アメリカへの移住を推進する,とある。以後,「海外移住」のタイトルが外交青書から消えたのは1988年になってからだった。労働力不足を解決するために日系人に労働市場の門戸を開いたのはその3年後である。

 アメリカの有権者が重視していたのは経済と移民,と報道されていたが,移民への眼差しを決める感情は,結局のところ,マクロの経済指標ではなく,自分自身と所属するコミュニティの経済状況である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3625.html)

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