世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3317
世界経済評論IMPACT No.3317

外国人労働者政策?移民政策?それとも産業政策?

平岩恵里子

(南山大学国際教養学部 教授)

2024.02.26

 技能実習生制度をどうするか,転職を認めるまでの期間は何年にするか,そもそも制度自体を変えてしまうのか,外国人材に選ばれる国になるにはどうするか,等々。外国人労働者政策に関する議論が続いているが,ここでは,今そんな場合でしょうか? を考えてみたい。

 「アルゼンチン化の特徴の一つは,良質なヒト,モノ,カネが国を見捨てて流出していくことだ。(中略)実際,人口が減少するなかでも,日本人の海外永住者数は増え続けている」。日本生産性本部・木内康裕上席研究員と学習院大学宮川務教授が日本経済新聞(注1)で日本とアルゼンチンの経済を比較した考察をしておられ,とても興味深く読んだ。日本がGDPでドイツに抜かれ4位に転落した原因を労働生産性に求め,このままいけば「緩やかなアルゼンチン化」に向かうと指摘している。欧米諸国に次いで先進国入りを期待された日本とアルゼンチンだったが,成功したのは日本。ところが,現在の日本はその「アルゼンチンの後を追うように坂を転がり続けている」。両国の労働生産性は,1995年から2022年の間に日本28位→44位,アルゼンチン44位→55位。そのアルゼンチン化を示す一つの指標が,ヒトの流出である。

 確かに流出している。外務省の「海外在留邦人数調査統計」によると,海外に3か月以上滞在する在留邦人は2023年10月現在で129.3万人(いずれ日本に帰る長期滞在者71.8万人,居住先で永住権を取り生活の拠点を移した永住者57.4万人)。2019年の141万人をピークに減少傾向にあるが,それは長期滞在者が減っているだけで,永住者はむしろ増え続けている。一方,日本の在留外国人の中で「技術・人文知識・国際業務」在留資格者は34.6万人だから,数字上は日本の頭脳流出になっている。もちろん,永住者57.4万人には子供も含まれており,全員が高度な技能を持つ労働者ではないだろうから,一概には言い切れない。

 しかし,現実に高度人材が流出していることを示唆する研究がある。2011年3月の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故後に日本を離れた高度人材の移住決定要因を調べた大石・濱田(2021)(注2)は,教育レベルの高い人々が移住したのは,リスク回避指向性と政治的意識などを増大させた結果であることを示している。放射能や地震などの災害リスクだけでなく,政府の健康リスクに関する情報の隠蔽によって市民の知る権利が制限される政治状況も移住の理由になっている。さらに日本経済の停滞を危惧する経済リスク,英語力と多様性を日本よりも養える教育環境を通じた子供への投資,という理由も大きい。興味深いのは,それまでの移住原因はスローな生活・物質主義でない・自然に近い,等の“ライフスタイル志向”であったが,今は将来への不安が移住決定要因であることを示唆する点である。

 国際労働力移動の文脈では,専門的な知識を有する高技能を持つ移民は受入れ国の経済成長にプラスに働くことが分かっている。Docquierら(2014)(注3)は,OECD諸国内で移動する移民の学歴は高く,彼らを受入れた国の賃金に正の効果を持つ一方,OECD諸国内の送出し国(アイルランドやニュージーランド)にとっては,自国における教育水準の低い労働者の賃金が下がることを示している。この結果が示唆することは,日本から高技能を持つ人々が流出すると,賃金が下がる労働者を生む,ということである。

 高度人材を有する外国人を受け入れることが人的資本を呼び込むことと考えれば,産業政策とも言える。日本の高度成長期の産業政策に関心が高まったのは1980年代だったが,現在,通商産業省は「経済産業政策の新機軸」を掲げている。かつての既存の産業の保護・育成ではなく,社会課題解決に資するような成長領域や人的資本に投資する環境を生み出すことを目的としているが,その中で高度人材への言及は,グローバルサウス政策の中の「グローバルサウス諸国との高度人材還流など」くらいしか見当たらない。

 「外国人労働者政策」という表現が使われるのは,技能実習・特定技能制度を語る時だけである。移民を受け入れない日本に「移民政策」はなく,でも積極的に受け入れたいのは「高度人材」。政府は経済社会の発展に資する人材を「外国人材」と呼ぶが,外国人材政策は表現としては聞かない。表現も曖昧なままだと,「ヒト」として受け入れる議論も何となく曖昧にして避けることができるから居心地がよいのかもしれない。でもその間に日本の「ヒト」は出て行ってしまう。大丈夫でしょうか日本?!

[注]
  • (1)生産性停滞 要因と対策㊤「豊かさ」への新たな戦略,日本経済新聞,2024年2月21日,朝刊,p.28
  • (2)大石奈々,濱田伊織(2021)「静かなる流出:ポスト3.11における日本人高度人材の豪州への移住」,『社会科学研究』70-2,93-116
  • (3)Docquier F., O. Çağlar, and P. Giovanni (2014) “The Labour Market Effects of Immigration and Emigration in OECD Countries,” The Economic Journal, 1106-1145
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3317.html)

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