世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
プラボウォ政権1年間の経済政策運営*:成長と分配のバランス,透明性確保が課題
(公益財団法人国際通貨研究所 主任研究員)
2025.10.06
インドネシアでは,2024年10月のプラボウォ政権発足から1年を迎える。世論調査による政権支持率は概ね高水準を維持しているとみられるものの,8月以降,国会議員の高額手当等を発端とする大規模デモが発生,9月に入り,市場の信認が厚い財務大臣が解任されるなど,先行きの経済・財政政策運営を不安視する見方が強まっている。
プラボウォ政権の主な経済政策~成長から分配へ軸足がシフト
プラボウォ大統領は,ジョコウィ前政権のインフラ開発などを通じた成長を重視する経済政策を継承する方針を掲げ大統領選で勝利したが,貧困層や低所得者層を対象とする分配政策への軸足のシフトが鮮明化している。現政権独自の優先政策として,2025年1月から無料栄養食(MBG)プログラムを開始したほか,7月には低所得者の支援や経済格差の是正に向けて全国で約8万のメラ・プディ村落協同組合(注1)を立ち上げた。MBGプログラムについては,長い目でみれば貧困層の収入増加や雇用創出などの効果が見込まれているものの,財源の問題に加えて,各地で食中毒被害が報告されるなど,実施体制の改善が課題となっている。
優先プログラムの財源と中銀の独立性を巡る動き
プラボウォ政権の優先政策の実現に向けた財源としては,債券発行に加えて,国家予算の再配分や2025年に国営企業(SOEs)の持株会社として立ち上げた政府系投資ファンド(ダナンタラ)を通じたSOEsの配当の再投資などが想定されている。予算の再配分に関しては,削減の対象がインフラや地方開発など中長期的な発展に不可欠な分野が多く,経済発展を遅らせるリスクなどへの懸念が強まっている。
こうした中,9月初め,財務省と中央銀行(Bank Indonesia: BI)は政府の優先プログラムの実施に向けたコスト負担スキーム(注2)で合意した。コロナ禍では,有事の財政負担の軽減のための一時的措置として,類似のコスト負担スキームが導入されたが,今回は平時での同スキームの再導入だけに,中銀の独立性を巡る不安は払拭できない。
蓄積する中間層の不満
8月末に発生した学生や労働者などによる大規模デモは,国会議員の高額手当や一部議員の失言などが発端とされているが,根底には中間層の所得伸び悩みなどが影響していると考えられる。近年,最低賃金の上昇や安価な中国製品の流入などに伴いフォーマル部門での雇用が伸び悩む中,インフォーマル部門が雇用の受け皿となっている。また,実質平均賃金上昇率は最低賃金上昇率を大きく下回っており,最低賃金引上げは,低所得層の所得を底上げした一方,中間層の雇用・所得環境の悪化を招いた可能性がある。
プラボウォ政権は9月8日の内閣改造で,長年にわたり経済・財政政策運営を担ってきたスリ・ムルヤニ財務大臣を解任し,新財務大臣に前インドネシア預金保険公社会長のプルバヤ・ユディ・サデワ氏を起用した。プルバヤ氏は,財政規律を維持しつつ,成長を重視し,より効果的な財政政策運営を目指す方針を示しているものの,拡張的財政政策運営への警戒は根強い。スリ・ムルヤニ財務大臣の解任や中銀の独立性を巡る懸念の高まりもあり,金融市場ではルピア相場の軟調な推移が続いている。こうした中,インドネシア経済学者連盟は9月9日,ポピュリズム色の強い大型プログラムへの予算配分の大幅削減やBIをはじめとする国家主要機関の独立性・透明性の回復など7項目の経済緊急要求を公表するなど,危機感を強めている。
今後の政策運営~成長と分配のバランスが必要
プラボウォ政権が掲げる,実質GDP成長率を前年比+8%以上へ引き上げるという野心的な目標の実現に向けては,貧困層・低所得層の底上げにとどまらず,製造業や高付加価値サービス業での雇用創出などによる中間層の梃入れが不可欠であり,成長戦略と分配政策のバランスが重要と言える。フォーマル部門での雇用拡大には,事業許可証の発行や投資手続きの簡素化などビジネス環境改善や規制緩和に加えて,人的資本への投資などを通じたサポートが求められる。また,国債発行などを通じた財政赤字のファイナンスには国際的な信認の維持が不可欠であり,財政規律や政策の透明性などに配慮した政策運営が期待される。
[注]
- *本稿は,当研究所HP掲載コメンタリー「インドネシア・プラボウォ政権1年間の経済政策運営~成長と分配のバランス,透明性確保が課題~」の一部を抜粋したもの。
- (1)メラ・プディ村落協同組合は,組合の新設や既存組織の活性化などにより立ち上げられ,補助金付き液化石油ガス(LPG)ボンベなど生活必需品の販売や預金・融資業務,物流サービス,電気料金収納業務などを手掛ける。
- (2)BIがセカンダリー市場で国債を購入する(政府が中銀に利息を払う)一方,中銀が政府預金口座に追加の利息を払うスキーム。従来,BIによる国債購入は原則セカンダリー市場を通じたもので,中銀の流動性管理の一環として,法律に基づく措置として正当化されている。
最新のコラム
-
New! [No.4025 2025.10.06 ]
-
New! [No.4024 2025.10.06 ]
-
New! [No.4023 2025.10.06 ]
-
New! [No.4022 2025.10.06 ]
-
New! [No.4021 2025.10.06 ]
世界経済評論IMPACT 記事検索
おすすめの本〈 広告 〉
-
企業価値を高めるコーポレートガバナンス改革:CEOサクセッション入門 本体価格:2,200円+税 2025年5月
文眞堂 -
サービス産業の国際戦略提携:1976~2022:テキストマイニングと事例で読み解くダイナミズム 本体価格:4,000円+税 2025年8月
文眞堂 -
中国の政治体制と経済発展の限界:習近平政権の課題 本体価格:3,200円+税 2025年5月
文眞堂 -
グローバルサウス入門:「南」の論理で読み解く多極世界 本体価格:2,200円+税 2025年9月
文眞堂 -
大転換時代の日韓関係 本体価格:3,500円+税 2025年5月
文眞堂 -
日本経営学会東北部会発 企業家活動と高付加価値:地域中小企業を中心に 本体価格:2,600円+税 2025年6月
文眞堂 -
これさえ読めばすべてわかるアセットマネジメントの教科書 本体価格:2,900円+税 2025年9月
文眞堂