世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3792
世界経済評論IMPACT No.3792

投資先としてのASEANの評価と相互関税

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2025.04.14

 ASEAN各国に高率の相互関税が課されたため「チャイナ+1」の投資先として見直しの動きが出ていると報じられている。ASEANへの相互関税はカンボジアの49%を筆頭にラオスの48%,べトナムの46%,ミャンマーの44%,タイの37%など中国の34%を超える高いものだったためであろう。中国からASEANに投資シフトが起きたのは,中国のコスト増による生産拠点の移管に加えて米国の対中追加関税を避けるためだった(注1)。相互関税は4月9日に上乗せ分が90日停止と発表され,中国が相互関税への報復関税を課すことを発表したため対中追加関税はさらに上乗せされ,4月10日に145%と発表された。

 90日間はASEANへの相互関税は10%に対し中国には禁止的ともいえる高関税が課される。ASEANは報復関税を課さないことを4月10日の経済大臣会議で合意しており,90日の間に米国と交渉をすることになる。交渉で合意できない場合上乗せ分が課されると説明している。

 中国からASEANなどに生産拠点を移す「チャイナ+1」の動きは,中国でのコスト増を避けるために起き米中間の貿易戦争や技術覇権を巡る争いが激化とともに加速した。投資先としてのASEANと中国を評価する際は,米国と中国の間では貿易赤字の問題だけでなく,技術覇権,経済覇権を巡る大国間競争,すなわち覇権争いが起きていることを理解する必要がある。米国のアジア戦略の基本はキッシンジャーなど戦略家が明確に述べたようにアジアで覇権国が出現することを妨げることである(注2)。覇権国として台頭したのは中国であり,中国に対する競争戦略は議会でも支持されており,政権が交代しても変わらない。

 そのため,米中対立は極めて長く続き,異常な高関税は是正されても中国に対する相対的な高関税や経済安全保障のための貿易や投資の管理は政権に関わりなく継続するとみておくべきである。一方,ASEANに対する高い相互関税は交渉により修正される可能性があり,安全保障などの要素を考慮すると「チャイナ+1」としてのASEANの重要性は不変である。

 中国の投資コストはASEANに比べ高くなっており,米中対立以前から中国からベトナムなどへの生産移管の要因となっていた。ジェトロの調査によると,2023年の製造業の作業員の基本月給(平均)は中国の576ドルに対してマレーシア451ドル,タイ410ドル,インドネシア377ドル,ベトナム273ドル,カンボジア257ドル,ラオス129ドルとASEAN各国はかなり低い(注3)。生産移管の対象国として注目されてきたベトナムは中国の半分以下である。都市で比べると上海の832ドルに対し,バンコク506ドル,ジャカルタ417ドル,マニラ343ドル,ホーチミン296ドルなどかなり低く,コスト面でのASEANの優位性は大きい。

 最後に人口動態の観点から長期的に経済を展望すると,中国は成長率が徐々に減速する一方ASEANは国による違いはあるものの着実な経済成長を続ける可能性が高い。中国は2022年から人口が減少に転じ,生産年齢人口比率も2009年をピークに低下しており,高齢化も急速に進み経済成長は減速するとみられている。一方,ASEANの人口は2054年まで増加し続け生産年齢比率も2031年まで上昇し続ける。国連の世界人口推計では,ASEANの人口は2100年に中国を上回る。アジアの人口動態研究の第一人者の大泉啓一郎教授はASEANのほうが中国より高い成長率を実現し,東アジアの成長の中心は中国からASEANにシフトするという見方ができるとしている(注4)。

 このように短期(相互関税の影響),中期(投資コスト),長期(人口動態の影響)でみると投資先としてのASEANは中国よりも有利であることを冷静にみるべきである。もちろん,ASEAN各国の経済も様々な問題がある。米国依存度の非常に高い国があるし,輸入では中国依存の深まりとともに中国の過剰生産能力に起因する消費財の輸入急増が直近の問題となっている。

 今後,貿易相手国の多角化により特定国への過剰な依存を避けることが課題となる。また,自由でルールに基づく通商秩序を維持し保護貿易の拡大を日本や豪州,EUなど有志国と協力して進めることが重要な課題となっている。この二つの目標を同時に実現するために,RCEPの拡大(とくに南アジア)とアップグレード,CPTPPの拡大(中南米,EU)などをメンバー国と早急に検討すべきである。

[注]
  • (1)石川幸一(2025)「トランプ政権とASEAN」世界経済評論2025年5・6月号,Vol.70 No.3, 国際貿易投資研究所。
  • (2)石川幸一「米中対立はなぜ起きるのか」環太平洋アジア交流協会
  • (3)山口あづ希「アジアの製造業の賃金水準10年で大幅上昇も都市間格差は拡大」,ジェトロ調査・分析レポート,2024年4月15日。
  • (4)大泉啓一郎(2025)「中国・ASEANの経済展望と日本の稼ぐ力」,石川幸一・大泉啓一郎・亜細亜大学アジア研究所編『ASEAN経済新時代 高まる中国の影響力』文眞堂。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3792.html)

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